「ってことはアンタの会社の社員は皆息子娘ってことですか」
そりゃ結構な大所帯で。呆れたように笑ってやると、男もグラララと笑いながらサッチの頭にぼすんと手を置いた。成人する前も後もこんなことをされたことがなく、サッチはただ驚いて男を見上げる。なれないことされると人間挙動不審なことをするというが、まさに今の彼がその状態ではなかろうか。キョドっているという言葉がよく当てはまる。
「昔はむさくるしい息子ばっかりだったがな…」
白ひげと渾名される男はにたりと口元を吊り上げながら高速道路の橋げたの下を見上げながら呟く。どいつもこいつも、馬鹿ばかりだがいい奴ばかりでなぁ。その馬鹿の中にマルコも入っているのだろうかとあの不思議な髪型の男を思い浮かべてサッチは小さくわらった。ちなみに白ヒゲの手はまだサッチの頭の上である。
水平線の向うに小さく煙をあげる船がゆっくりと海をかきわけている様子が見える。その船を見て白ひげは眼を細めた。何を思ったのかサッチに向かっておい小僧と言葉を投げてくる。
「?」
「今のお前は生きがいってもんはあるか」
「また唐突な・・・」
「俺にはあるぞ」
息子たちを集めることさ、と言う男は先ほどの雄大といって有り余るその背を丸めて遠くを見る。その姿をどこかで見たことがあるような気がして、サッチはその姿を食い入るように見つめた。
「俺ぁな、サッチ」
「え、」
「昔は船乗りだったのさ」
このでけぇ図体だろ、随分と重宝されたもんでなぁ。白ヒゲは続ける。船の乗り方ってのをお前ぇは知ってるか、船員が自分に与えられた仕事をきっちりこなさねぇと動かねぇのさ。
サッチは自分と関係のないはずの、しかも漁船などではないであろう船のことなのに真剣に耳を傾けている己がいることに内心驚いていた。船、それに伴う海は昔から好きだがソレ自体に関わることは一度もなかったな、としみじみ思う。
「船、か」
「お前ぇは乗ったことあるか?帆船に」
「…残念ながら漁船に一度乗せてもらったくらいしか」
それならいつか俺がのせてやらぁ。白ヒゲはグラララと笑う。はぁ、と顔を上げたサッチの頭をぐりぐりと撫で回しながら男は続ける。今度帆船を一つ作ろうと思っていてなぁ、名前は既に決めてあるんだ。
「モビー・ディックってんだ。かっこいいだろ」
「モビー…ディック……ハーマン・メルヴィルの」
「よく知ってんじゃねぇか」
白鯨。そのクジラはおおきく、物語の中でそれを見つけた奴には金のメダルだったかをやる、とメインマストに船長がうちつけていたようなとうろ覚えな記憶を彷徨わせる。物語の中ではたしか結局白鯨にまけていなかったか、しかも、帆船が。
「あんまり縁起がいいとは言えねぇなぁ…」
「そいつみてぇな強靭な船って意味さ」
もうすぐできあがる。楽しみにしてやがれ小僧っこ。そういうと白ヒゲは立ち上がった。振り返るとマルコが立っている。いつも出会うときはラフな格好をしているというのに、今日は紺に白いストライプの入ったスーツをビシッと着こなしていた。
「オヤジ・・・もういいのかい」
「懐かしい面ぁおがませてもらった」
また会うこともあらぁな、と男は豪快に笑った。サッチは思わず立ち上がって白ヒゲに頭を下げる。店、あけときますんで、また来てやってください。それに白ヒゲは大きく笑って、船に乗せてやる駄賃はいらねぇ、代わりにお前の飯を食わせろと返して、でかい車に乗り込んでいった。
しずかに砂浜に打ち上げる波だけが何も変わらずに、全てを抱えて海へと帰っていった。
[3回]
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