エースは今、実家を出てガープのうちに世話になっている。昔から父親が母親を連れてあちこちほいほいと出歩くものだからしばしば預けられていたせいか、この家に住む事に慣れていた。むしろこちらで過ごした時間のほうが長いくらいだ。大学からこちらに拠点を移して、エースの世界はさらに広がりをみせていた。
預かったからにはうちの子だと豪語するガープはしかし忙しい身で、めったにうちに帰ってこない。義弟となったルフィの父親は活動家で世界中を飛び回って講演をしているという。小さな頃から近所に住んでいるシャンクスという男によく遊んでもらっていたそうだ。そういえばうちにいるときによく赤毛の男が来ていたなとぼんやりと思い出す。
エースの朝は早い。自分が大学生であるにもかかわらず六時半には目を覚ましてキッチンに立つ。料理は正直上手くない方だが義弟となったルフィの弁当を作らなければならないのである。今日の弁当のおかずは昨夜の残りと、サッチがくれた店の料理の切れ端だ。ほうれん草のお浸しとトマトも添えて、いっちょ前の弁当にみえるように仕立て上げる。
とんとんと階段を下りる音がして振り向くと、弁当の臭いに釣られたらしくルフィの姿がそこにあった。眠そうな目を擦りながらしかし、今日は鳥のから揚げねぇのとエースの横から顔を覗かせる。エースも寝起きのぼさぼさ頭のままにやりと笑って、代わりにサッチのおかずがあっからよと言ってやった。
「まじか、例のサッチの!」
実際にあったことはないが弁当のおかずを提供してくれるサッチにむかってなむなむと手を合わせるルフィにこら、サッチはまだ死んでないと突っ込みをいれつつ、弁当が覚めるのを待つ間に朝食の準備をする。もちろんルフィも手伝ってくれるわけだが。
「ルフィは目玉焼きやけ」
「へーい」
「俺はトーストとコーヒーとくだもの」
「食っていい」
「駄目に決まってるだろあほ」
そんな会話は日常茶飯事である。冷蔵庫へ近づいて扉に手をかける。冷蔵庫には支払いをしなければならない紙やらルフィが友達とふざけて撮って来たらしいプリクラ、それにエースがもらった写真などが貼ってある。それに、幼い頃にルフィが描いたという落書もあるのだが本人はどうもそれが恥かしいらしく、ガープが帰って来る度にはずしていいだろ、と問うのだが頑固として拒否されている。
その落書は広い海の絵だった。絵というよりはクレヨンをぐりぐりとかきなぐっただけのようにも見えるが、それは確かに海と空だった。あの時を生きたこの弟の行く先を見ることができないのは残念だったが、短い人生の中でエースが得られたものは何にも代え難いものだったのである。
冷蔵庫の中に転がっていたグレープフルーツとキウイを取り出して、はてこんなもんいつ買ったっけかと首をかしげると、ルフィがそういえば昨日シャンクスが来てよー、と思い出したように言った。そういうことはいつもすぐに言えっつってるだろこの愚弟。
「仕事先で貰ったっていうからよ、貰っといた」
「ちゃんと礼は言ったんだろうな」
「当たり前だろ」
しししと笑うルフィを見やって困ったように笑ったエースは、あの時代の記憶とどうしても混同してしまう癖があって、どうにもこの義弟がかわいくて仕方ない反面、こいつには弱いところがみせられなかった。しかしそれも最近、あの時代の記憶を共に持ち合わせる人とであったことによって幾分かましになりつつある。
ヨーキという男とブルックという男はとても気のいい人たちで、仲間と度々音楽会を開いては皆で酒をくみかわしてあの時代の続きをブルックにせがむのだという。ブルックとてルフィ達と会うまでは一人で海を漂っていたのだからあまりくわしくない。しかし彼等に会ってから彼の世界は格段に色をましたのだ、と笑顔でブルックは話していた。
ヨーキはエースをいたく気に入ったようで、そういえばお前のオヤジな、俺の時代ではルーキーだったんだぞ、と笑いながら酒を飲むことが多い。幾度か会っているが既に耳にたこ状態だ。彼等は記憶を持て余していたエースをそれはあっけに取られるほど簡単に受け入れた。お前、一人で抱えて辛かったろうといわれたときは思わず涙がこぼれたものだ。
ヨーキもブルックも、白ヒゲの名を知っていた。あいつはそんなに大きい船のオヤジになったんだなぁとしみじみ言う彼等にオヤジの自慢をさんざん語って聞かせたこともある。新世界の縄張りの島でいかに歓迎された存在であったかということを。
「エース?食わないのか」
「うん?あぁ食うよ」
ルフィの声で我に返ったエースは二人でテーブルに向かい合って手を合わせる。いただきますと手を合わせることは、食料になってくれた生き物たちに対する感謝と侘びであるというのを何処で聞いたのだったかなと思考をめぐらせながらトーストをかじり、コーヒーを飲む。カフェオレにして、少量の蜂蜜をたらすとほど良い甘さになるのだが、残念ながら今生のエースは甘いものがすこぶる苦手だ。
そういえばあの時代のマルコは甘いものが苦手だったが、今生はどうなのだろう。前酒を飲んだときはつまみばかりだったし判らず仕舞いだったからなぁとぼんやり考えながら目玉焼きをトーストにのっけてかぶりついている義弟をみやる。そこまでおいしそうに食べられたら食料としても本望だろうなというような顔で食べているルフィが、ほうしはへーふ、とトーストの合間から声をだした。
「食いモン飲み込んでからしゃべれ」
「ふぁい」
まぁ人の事はいえないわけだが。
やがてルフィの登校時間が迫り、ばたばたと制服に着替えたルフィがチャリンコをこいで現れたウソップと学校へ行ってしまった。必然的にがらんとする室内を見回して、とりあえず食器を洗うか、と腰をあげた。するとまるでタイミングを見計らったかのようにケータイがなる。近所に住んでいるシュライヤからのメールだった。
シュライヤはここからすこし離れた美術系の大学に行っている。鋳金をしているというので、一つお願いしてケータイにつけるストラップの飾りをつくってもらった。あの時代における大切なシンボルを。自分が自分であった証を一つでもいい、残しておきたかったのだ。
メールの内容はその飾りができたぞという内容だった。石膏鋳金でシュライヤは主にピューターをやっているのだが、今回はちょっと頼むとシルバーでつくってもらった。シルバー専用のワックスは熱した金属ヘラなどで形を整えたりするのだが、どうにもぴろぴろと解けたワックスが伸びてしまうので形作りにくいので大変なのである。
さんざん渋った挙句にできたという写真をメールに添付してきていたのだが、それをみてエースは思わず口角をあげる。写真には三つ、シンボルが映っていた。
サボのマーク、エースの帽子の紐止めの飾り、そして。白ヒゲ海賊団の略マーク。これを貰ったら、いつか記憶をともにする仲間に見せてやろうとエースは思った。シュライヤにいそいで返信のメールを打つ。今晩は昨日と同じくサッチのところでバイトだからいけないが、日曜ならなんとかいけそうだ。
すでにストラップをつけたケータイを思い浮かべて、破顔するエースであった。
[2回]
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