マルコとエースをほったらかして部屋の扉をくぐると、住み慣れた自分の城である。つっかけを適当に脱ぎ散らかして、サッチは腹をぼりぼりとかきながら室内を見回す。なんだろう、住み慣れた自分の城でさえ何か違和感を感じている。まるで、現実が夢であるかのような。
なんかそんな映画あったな、と浮かび、次いであの作品は最初の一つだけにしておけば良かったのにと残念な感想も浮かんだ。まぁそんな一個人の感想などはどうでもいいことだ。ネットの海に出てみろ、その程度のクレームや感想など山の様にあり、それと相対する様な意見もまた同様にただよっている。
さっき買っていた買い物袋をそのまま冷蔵庫に突っ込んでいたことを思い出して扉を開く。青ネギと雑魚、人参を選んだあたりつくれるものなど一つしかないだろう。しかしあの山程、いや山より食う人間がいるというのにこれっぽっちで間に合うのだろうかと一抹の不安を抱えながらサッチはとりあえず使い古した鉄製のフライパンを取り出した。
人参の皮をむいて細切りスライサーで小さくスライスしていく。青ネギは買ってきた分をすべて取り出して根っこを切り、市販のものかと見まがう美しさで輪切りにする。包丁だけはいいものを持っているがそれ以外は適当に見繕ったそれ。自分の部屋では滅多に料理などしないが、こういう時だけはまぁ、仕事でない料理もいいなと思ったりする。
卵を冷蔵庫から四つとりだして、それから思い出したように炊飯器を見る。残りが少ししかなかったはずだが、幸運なことに冷凍したものがいくつかあったはずである。電子レンジにとりだしたそれらをほうりこみ、解凍ボタンを押した。そのまま卵を持ちながらボールを取り出し、片手で一個ずるぽんぽんと割っていく。
全て割り切った卵を菜ばしで掻き混ぜて予め熱していたフライパンに油を薄くしき、全体にまぶすと一気にボールの中身をあけた。どうせスクランブルエッグの固焼きにするのだからと気だるくはしをフライパンでまわし、固まりかけてきたところでその塊を切る様に箸を掻き混ぜた。
出来上がった卵を一端ボールに戻し、ついで上から御飯を乗っけておく。目分量ですべてやれるところが家庭料理のいいところか。尻ポケットからタバコを取り出して口に咥え、まだ火がついているコンロに顔を寄せて火をつける。ついでに換気扇もまわしておくかとスイッチを入れた。
フライパンに、さっき切っておいた人参とネギ、買ってきた雑魚を放り込んで油を少し追加して炒める。火が通ったところにボールの卵と御飯をそのまま投下してやって、ぱらぱらになるように御飯の塊を潰すようにして炒める。最後に味付けで濃い口の醤油をフライパンの裾を一周するようにかけて、掻き混ぜておわりだ。雑魚炒飯のできあがり。飲むときにも丁度いい塩辛さだから酒によくあう。
それをややでかいめの皿に盛ってから、冷蔵庫の上に放置していた海苔の缶を取って、全部をトレイに載せる。煙草を灰皿にねじ込んで消したあとにテレビの下の棚にあるディープブルーのDVDを抜き取って、トレイを持ち部屋を後にした。部屋を出たところでしまった洗濯物をとりだすのを忘れた、と思い出すがまぁ別に構わないだろう。
「はいはいただーいま、って」
マルコの部屋の戸をあけたところで、エースが笑い転げているのに直面して目を丸くする。帰ってきたサッチを視界に入れたエースは、一瞬笑いと止めてこちらをじっと見つめて、また吹きだした。
「…何だよ」
「別に?」
飄々とした面でビール缶を口に運んでいるマルコを見て何かしらの勘が働く。もしかしてこいつ。どすどすとローテーブルまで歩いていって、トレイをどすんと置きながらエースを足でどけるように突く。エースはまだひぃひぃと笑い転げていたが、おいしそうな臭いにつられて身を起こしてきた。
「あ、雑魚炒飯じゃん!」
「お前が好きだっていうからな」
「ぜってぇ嘘だろ。作るのが簡単だから材料買ったくせに」
いっただきまーすと言い掛けて、スプーンがねぇよサッチと呟くエースに、この家にもあんだろ、適当に探して来いといいながらサッチはマルコのとなりに座った。眠たげな目がこちらをちらりと見るが特に問題もないようでビールを飲み続けている。文句をいいながらもエースがマルコにスプーンどこ、と聞きながらキッチンを漁っている。
「引き出しの箱に入ってんだろい」
「あー、あぁ、あったあった」
エースが笑顔全開でスプーンを握って帰ってきた。自分のことだけが頭にあったわけではないらしい。ちゃんと三本スプーンを持っている。改めて頂きますと手を合わせるエースに、俺等の分残して食えよと声をかけると、既に口に炒飯を含みながらこくこくと頭を振りながら返事を返してきた。
「で、こいつが笑い転げてたのは俺の話しでもしましたかマルコさん」
「どうやって会ったのかって聞かれたからな」
まぁ話しても特に減るもんじゃねぇだろいと言わんばかりの表情に、いや俺の何かが減るからと心の中で突っ込みを入れながら新しいビールのプルトップを開ける。目の前ではぐはぐと音を立てながら食べているエースを見るといつも何か微笑ましいと思えてくる。自分の分のスプーンをとりあげて、一口食ってみる。ああ、いつも通りの味だ。
まぁこんなもんだろうと思いながらビールを飲む。つまみにするには少し醤油が足りなかったかと思うがまぁそこは愛嬌である。あ、海苔かけるの忘れている。
「おいエース、海苔かけろ海苔」
「わふべでた」
もぐもぐもぐと咀嚼しながらエースは海苔の缶から海苔を取り出して適当に千切り、炒飯の上に振りかけた。そこでようやくマルコもスプーンをとりあげて一口食べるのが視界に入る。なぜか心臓がどくりと動いた気がして傾けていたビールを口元から離してマルコの様子を伺う。
こちらの視線には気づいていないのかもぐもぐと口を動かしている。その目は一生懸命食っているエースを見ているようだ。そして徐にふ、と微笑んだ。その笑顔が予想外に自分のドストライクをついたことに、今更ながら気付いたサッチはマルコから視線を引き剥がすと、明後日の方を向いた。
「…?」
そこで初めて気がついたのか、マルコがサッチの肩をちょいちょいと突く。なんだよと言いながら振り返った先ではマルコがスプーン一杯の炒飯を持ってこちらに向けていた。
「…何?」
「…最後の一口」
「あ、そうありが・・・エース」
「ごちそうさまでした」
「ちげぇよお前、俺等の分残しておけっつったよな?」
いっけね、という面をしているエースは確実に確信犯だろう。こいつ本当に食い意地ばっかり張りやがって。諦めの溜息をついていると、マルコが再びサッチを突く。それでお前、食わねぇのかよい。
「はいはい頂きますよ」
マルコの手を掴んでそのままスプーンを自分の口に運んでやった。いつも通りの味なはずなのに、それは酷くおいしいものに感じられた。手を離してやるとマルコは一瞬驚いて、あ、俺の分まで食いやがったよいと呟いた。
「・・・半分残して欲しかったのかよ」
先に言いなさいそういうことは。
思わず苦笑すると、マルコはまぁまた作ってくれればいいよいと言いながらするめを食いだした。エースが皿を持って行ってキッチンで洗っている。食い意地は張っている癖にそういうところが真面目な青年の様子を見て、まぁまたアイツにも作ってやらないとなぁと思うばかりだった。
「あ、それで持って来てくれたのかよい」
「?」
「ディープブルー」
「おう、ほれ」
食うには邪魔だからとローテーブルの下に放っていたそれを手に取って渡すとマルコはいそいそとテレビの前のDVDプレーヤーの電源を入れてDVDを放り込んだ。そしてプレーヤーのリモコンを持つとベッドに腰掛け、あぐらを掻いた。
「ビール取ってくれよい」
「へいへい」
マルコが座っていた場所に残してあったビールを渡してやるとにや、と笑いながら再生ボタンを押した。エースもいつの間にか戻ってきて、なぁ部屋の電気消そうぜと言うから室内灯のリモコンのボタンで電気を消した。部屋の中が暗闇に包まれる。暫くして画面から流れてきた水の音はまるで自分達も海にいるかのような錯覚をおこさせる。
海が、その画面の海が、いつも自分の部屋で見ているよりもはるかに鮮やかに見えたのは、きっとマルコの部屋のテレビが新しいものだったからだと、後にサッチは無理矢理意味づけた。
[3回]
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