なんてこったい。
しかも今日は2日ですよ。鰐デー?らしい。ほんとかよ・・・
おじいさん暑くて絵かく気力ねぇぞ・・・
まぁこれからお金おろしにいって、ジャンプば買いにいかずんばなるめぇが。
その前に一個あげておこう。
「今夜、アレが降って来るんだってよ」
店は今、くいなのつれてきた団体様で貸切状態である。いつもは客が来たら箸とお絞り、それにお通しを運んで、飲み物の注文をとったあとに料理の注文を頂くのだが、今日ばかりは人数がおおくてそれどころではない。予めに学生値段にあわせたコースの予定で、それ以上に飲み物の注文であわただしいことこの上ない。
飲み放題メニューはそこまで潤っているわけではないが、学生達にすれば飲めればなんでもいいのだろう、元気なこと。体育会系サークルの面目躍如というところである。
そんな中、エースは暢気にビールサーバーの開きドラムを取替え、グラスを磨き、サッチから出される料理を運び、戻ってきてお盆を拭きながら呟いた。知り合いの毬藻頭が客にいて機嫌が破滅的に悪いサンジが開いた皿とグラスを運んできてそのまま洗い場に直行し、泡と湯気につつまれながらエースの背中に返事を返す。アレってなんだよアレって。
「…サンジお前、ゾロがいたくらいで機嫌悪くしてるんじゃねぇよ」
「うっさいな、アイツとは馬があわないの!」
いー、と歯を剥きだして言ってくるサンジにはいはいはいと耳に指をつっこみながらエースは拭き終わったお盆をことんと置いて、説明をしだす。ほら、最近ニュースになってたろ、嘘かほんとか地球やら宇宙の歴史がわかる物質を取って来た惑星探査機がいるって。
「あー、七年くらいかかって往復してきたっていうアレか」
「そうそう、それが今晩にカプセルを放出して、地球に大気圏突入するらしいぜ」
隕石と同じ速度で航行してっから回収もかなわないんだと、と話すエースの目はきらきらと輝いている。サンジがへぇ、と呟いて洗い物を業務用自動食器洗い機に放り込んでボタンを押した。ごうんごうんと動き出す機械。手を前掛けで拭いながらエースの隣に歩いてきてサッチを伺いながら続きを促す。
「何時頃?」
「えーとな、10時半とかじゃなかったか?」
「へぇ」
じゃあ俺たちは残念ながら見れねぇなぁ、と笑ったサンジの背後にぬっと現れたリーゼント。エースがあ、という顔をした。
「楽しく会話してっとこ悪いけどなお前等、早く運びやがれ」
「はーいすんません」
二人は肩を竦めながらお盆に料理をつぎつぎとのせて、エースは頭にまで盆をのせて二階へとのぼっていく。あれをぶちまけたらエースの賄いはなしだ、と脳裏で考えながら次の料理にとりかかる。あらかたつまみになるものは出したから、次はもう御飯系でいいだろうと、鯛めしでも用意すっかと土鍋を取り出す。
エースとサンジが再び開いたグラスを両手一杯にもってきて洗い場へ直行する。エースだけが洗い終わったグラスを持って戻ってきて、それを冷蔵庫へ入れたり棚に戻す。次いでまた何かサワーを頼まれたのだろう、サワーサーバーにつぎつぎとそそぎ、レモン、ライム、カシスとさまざまなリキュールを放り込んで階上へ上がっていく。忙しいことはまことにありがたいことである。
さて賄いは何にすっかな、と手が開いたサッチが見回すと、山の様にあいたサワーのドラムがサーバーの前に突っ立っている。アレは外に出しておくか…と裏手のドアを開けた。裏は自分の駐車場およびガキ共のチャリンコをとめる場所になっている。裏道に繋がっているので表とはちがってしごく静かである。
ごとんごとんとサーバー缶を置くと、何か聞こえてくるのに気がついた。陽気なメロディーを奏でているのはヴァイオリンだろうか。それにジャンベやらが楽しそうにリズムをつけている。タンバリンの音もかすかに聞こえてくる。ベースの音がゆったりと響いているのがすごくくすぐられる。ウッドベースなら俺もひけるのになとどこかで考えながらついでに休憩しちまおうと駐車場にかってに備え付けた灰皿に近寄って煙草を咥える。
今日はこの一週間あほ程降った雨があがったあとなので随分と綺麗に晴れ上がった夜空だった。聞こえてくるメロディ以外は表の繁華街の喧騒など欠片もきこえない。なかなかここって穴場だよなぁとサッチは一人ごちながら紫煙をくゆらす。今日はエコーがきれてしまったのでピースだ。おっさん煙草じゃんとサンジに指をさされたが、お前こそ何セッタのメンソなんか吸ってんのと突っ込みをいれ返してやった。
ヴァイオリンのメロディの下を司っているのはチェロだろうか。やがてチェロの深い、しかし滑らかな音が楽しげな旋律を奏で出した。あぁ、そのメロディはどこか懐かしく、何かがふいに浮かんだ気がした。浮かんだものは一体何だったのだろうかと思考の隅で考えて、記憶のかけらを追い掛け回したが何も見出せない。一つ浮かぶのは青い、青一色で塗りつぶされた、ちらちらと光る。
俺って本当に何を忘れちまったのかな。もはやサッチの中で、何かを忘れてしまっているというのは常識になっていた。ありえないと思っていたはずだったのに、ここ最近であった人物達は、ほとんどと言っていい、彼のことを知っていた。
あぁ全く自分はなんと有名人なのだろう、という優越感と同時に沸き起こる申し訳なさ。相手を覚えていない事に少なくとも相手はがっかりしていることだろうに。いったい彼等は何の記憶を元にサッチへ声をかけてくるのか。近頃そういったことが当たり前に起き過ぎていて、不気味にすら思えない。
と、人影のなかった裏道にようやく人影を見つけた。闇に白く浮かぶ髪、夏を感じさせるワンピース。いつぞやの図書館でであったオルビアという女性だった。彼女はこちらに気付いていなかったのだが、サッチのあ、という声に気がついてこちらを振り返り軽く目を見張ってから笑う。
「あら、お久しぶりね隊長さん」
「隊長…?」
俺近所の消防団とかに入ったことあったっけ、と軽く首を捻ると彼女はまた笑った。ごめんなさいね、また私ったらうっかり。いや一体何がうっかりなのかさっぱりである。オルビアは続けて言う。私の知っている人は隊長って呼ばれていたのよ、それが貴方そっくりでつい、ね。
隊長、ねぇ。そいつはきっと何かの団体様をまとめる様な男なんだろうな、と煙草を消しながら呟くと、こちらに近づいてきていたオルビアが私にも一本くださる、と煙草を指差した。
「あれアンタ、煙草いけるクチなんですか」
「えぇ。言っていなかったかしら」
「いや。というか話すのほとんど初めてじゃないですかね」
頬をぽりぽりと掻いて言うと、オルビアは今度は困ったように笑う。私、どうも記憶が曖昧で。ごめんなさいね。記憶が曖昧ってそれ大丈夫なのかと小さく不安に思いながらサッチは煙草を一本とりだして彼女に渡し、口に持っていったところを見計らってライターの火を差し出す。ゆるく紫煙が立ち上った。
「ありがとう。優しいのね」
「慣れてますから」
同伴に付き合ってたことあるから、とは喉まで出掛かってだまっておいた。さすがにそんな余計な情報を与えずとも、この関係は続けていけるはずだとどこかで確信していた。オルビアはサッチから顔を背けて煙を吐き出す。
「そういえばサウロに会ったって聞いたわ」
「あぁ、あの…警察の」
「あの人はどうにも自分が気に入った人にはずいずい話しかけちゃうのよ」
でれししし、と笑う大男を思い出しながら自分も煙草を咥える。ふと、その瞬間にエースが一度指を差し出してきたことを思い出す。あれはどういう意味でやったのか、今でも甚だ謎だった。謎ばかりが周囲を取り巻いている。
「…ってそういえばオルビアさん、」
「なぁに」
「何か用事があってここ歩いてたんじゃねぇの」
「…あらいけない忘れてたわ」
娘にも止められているのだけど、煙草に目が無くて。困ったように笑った彼女はいつの間にか短くなっていた煙草をもみ消す。私これから音楽会に行くのよ。指差した先はあのメロディが鳴り響いている方向だ。
「あれですか?」
「そう。今日はここでやっているのよ」
知り合いばかりが集まっているのだけど、貴方もこない?と誘われたのだが生憎自分が目下就業中である。まだ仕事が終わってないから申し訳ないがと謝ると、オルビアは笑顔を絶やさずに言う。きっと終わってからでもやっているわ。朝までやっているのが普通なの。
やがてオルビアは、もう私は行くわね。もし来るのであれば、貴方のところのバイト君、名前なんだったかしら、あ、エース君ね。彼もつれてくるといいわ。とりあえず頷いておくほか、なかった。そして彼女が去った頃にいい加減痺れを切らしたサッチがどこいったおっさんと顔を出した。次いで煙草を吸っていたところを見つかって、おっさんだけずるいと睨まれた。
「俺は戻るからお前今からちょっと休憩してていいぞ」
「マジか!」
やったねと笑った顔は年齢相応で、思わず頭に手を置いて撫でてやった。そういったのには慣れていないらしく、ちょ、何すんだよやめろと逃げるサンジにぶはは、と笑ってしまった。
[2回]
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