「やーめーろーよーい゛ぃぃぃ」
「仕方ねぇだろ、てめぇの獣化みてみんな神さまの使いだって思い込んじゃったんだから」
「何が悲しくて夏島でこんなくそ暑い格好しなきゃならないんだい!」
一体なんでこんなことになってしまったのだったか。サッチに引きずられながら、マルコは溜息をついた。
ここはワノ国の支配下である島のひとつである。補給の為に寄港したのだが、様子を見るためにマルコを行かせたところ、どうやらその島では不死鳥を神として崇める宗教があるようで、島民が口々に神がいらっしゃった、と騒いでしまったのである。
その様子に慌てたマルコがとりあえず自分は神でもなんでもないと伝える為に不死鳥から人に戻ったのだが、神が人になられた、と騒ぎを大きくしてしまった。マルコの帰りを待っているうちに島についてしまったモビーディック号の船員は困り果てたマルコの顔を久しぶりに見ることになる。
「オヤジ・・・すまないよい」
「気にするな、ここの宗教が特殊だったという事を失念していた俺にも非がある」
「一応島の長には事情を理解してもらったが…」
フォッサが苦虫を噛み潰したような顔で唸る。どうした、と白ひげが先を促すと、フォッサはため息ひとつついて言った。明日この島では伝統的な祭があるらしいんだが、それの神子役をぜひマルコに、と言ってきたんだ。
それを聞いてこともあろうに白ひげはおもしろいじゃねぇか、やらせてみろ、と小さくなって俯いていたマルコに目をやりながら笑ったのである。慌てたのはフォッサだ。
「いや親父、人事だからって面白がってるだろ」
「息子が神子をやるんだろう、親としてこんな嬉しいことがあるか」
いや絶対に面白がっているだろう、とその場にいた全員が思った。マルコはただただ何、俺なにさせられるのといった表情で全員を見渡している。そんなマルコの肩を叩いたのはイゾウだ。神子っつうなら、それ相応の衣装があるんだろ、着付けは俺がしてやるよ。
「…ワノ国系統ってこたよ、めっちゃ暑いんじゃねぇのかよい…」
「神子衣装だろ、めっちゃくちゃ暑いと思うぞ」
その瞬間逃げようとしたマルコの尻尾を掴んで止めたのはブレンハイムである。皆すでに面白がる方向に転がっていたのだ。じたばたするマルコの後ろからサッチが羽交い絞めをしてイゾウのところまで連行する。いやだいやだ暑いの面倒くさいとぶーたれるマルコに文句いわないのどうせ明日一日で終わりだろ、と宥めるサッチは内心、珍しいものがみれそうだと舌を出していた。
イゾウの後について島長のところまで歩いていく。他の船員達はすでにイゾウを除いた隊長達で行われている船番決めの大富豪を覗いて大騒ぎを始めていた。折角の祭なのだ、楽しまないわけがない。その喧騒にうんざりと肩を竦めながらマルコは渋々イゾウが開けた戸をくぐっていった。
島長は火の入っていない囲炉裏の側で煙管を吸っていた。いつもイゾウが煙管を吸っているので、何か親近感がわく。イゾウがあがらせてもらうよ、と土間で濯ぎを頼むと侍女らしい少女がたらいを持ってきた。
「…?」
「あぁ、この水の入ったたらいで、足を濯ぐんだよ」
ワノ国系統はほら、靴をぬいで家にあがるからな。説明するイゾウはしかしどこか複雑そうだ。そういえばこの男も自分の故郷を捨てて白ひげ海賊団に入ったのだから、流石に懐かしいものがあるのだろうと思いついて、イゾウの表情については追及するのを止めた。
家に上がると、島長の家内がお茶の入った湯飲みを差し出す。ほうじ茶だった。島長は長い髭を扱きながらイゾウとマルコを交互にみやって言う。無理矢理頼んだことなのに受け入れてもらって感謝している。それにサッチが笑って答える。いいってことさ。
「こらサッチ、お前が発言するな」
「へーい」
首をすくめたサッチをみやってマルコがにやりと笑う。同じ年齢であるこいつにはそういった表情をよくみせる、とイゾウたちが気付いたのはつい最近のことである。それを横目にイゾウがそれで、と先を促す。マルコは何をすればいい。
「うちの祭は神子が松などでできた柱に火をつける行事なんじゃが」
「ほう」
「マルコさんには特別に、その火付け役の子等に神降ろしの儀を行ってもらいたいんじゃ」
「はぁ?!」
そんな大役、一介の海賊にさせるとかアンタ気は確かか、とマルコが言いたそうに口を開けたが、すばやくそれをサッチが口に手をあてて妨害する。もごもが、とサッチを睨み上げるマルコを放ってイゾウは頷いた。貴方達のご好意、恐れながら受け入れさせていただこう。
それからが大変だった。神降ろしの儀を行うのは島の中央にある高い山の上で、そこで一晩、神事を行う子供等と一緒にすごさなければならないという。しかもご丁寧に山伏の格好をせねばならぬと聞いてマルコは顔色を変えた。まさか、あの、あれか。着なきゃだめですか。
島長とイゾウの笑顔は壮絶なものだった。
島長の家内の後について衣裳部屋に入ると、むわんと埃臭い臭いが鼻を掠める。うわ、と眉を顰めたイゾウたちであったが一番酷い顔をしていたのは島長の家内であった。うわぁ臭いわぁ、と呟く家内に思わずアンタの家だろ、と三人そろって突っ込みを入れたものである。
山のようにひしめいていた桐箪笥から衣装をあれこれひっくり返した結果でてきたのは神子の衣装と山伏の衣装一式。これらをかついでイゾウとマルコ、付き人兼お守りとして宛がわれたサッチは山のぼりをせねばならない。困ったように笑ったイゾウの襟をつかんでマルコは小さく喚いた。
「おまえ、安請け合いすっからこんなことになんだぞい」
「小さい声で喚くんじゃない、器用だなおまえ」
「あれ、もしかして俺等も山伏みたいな格好しなきゃいけないかんじ?」
サッチのふと呟いた言葉に島長はにこにこ笑って頷いた。イゾウの顔が小さく引き攣るのが見えたが気にしない。正直したくない。山伏の格好をしているところなんざ見られたら確実に笑われる。これはまずい、と三人はあわてて支度をした。
イゾウがさっさと着付けを終えてマルコにとりかかる。サッチはどこで覚えたものだか自分で着付けができていて、イゾウに驚かれた。襦袢を下着の上から羽織らせて、その上から短い上着をきせて紐でしめる。マルコがじたばたと暴れる。きついきついきついって!
「だからさっき言ったろ、紐縛られるときは腹膨らませとけって」
「いや…そうなんだけどよい…」
この年齢でメタボとか言われたら目も当てられねぇじゃねぇか、と溢した言葉にイゾウと目を合わせて笑い転げたサッチであった。二人の様子に、何がおかしいと怒鳴ったマルコにいやお前、それは花街の女相手だけでいいだろうがと突っ込むと薄っすらと頬を染めて食って掛かってきた。
「兄弟でもそう思われたら嫌だろうがよい!」
「わかったから早く袴履きなさいど阿呆」
普通の袴ではなく、短めの袴である。膝から下のすねは脚絆というものをぐるぐると巻かれた。すでにマルコは暑さでぐったりとした顔をしていたがサッチがしゃーねぇなお前、と団扇を借りて扇いでやっているので辛うじて文句を言わずにすんでいた。
「っしゃ、さっさといくぞ」
「あ、お前さんはこれとコレも持って行ってな」
「…何コレ」
持たされたのは鎌とナタ。道の途中、でっかい熊が出るかもしれないから、頑張れ、と全開の笑顔でいわれ、三人はもはや返す言葉もなかった。そこは海王類をもいとも簡単に倒す海賊達である、呆れながら頷いて島長の屋敷を出た。その瞬間にどっと沸く。
「マルコ、サッチにイゾウ、おもしれぇ格好をしてるじゃねぇか」
「オヤジ!!!」
ビスタやフォッサ、ブレンハイムが涙を流して笑っている。き、着物の上にパイナップルが乗ってる!と。怒りと羞恥に震えるマルコを宥めながらサッチは、内心ビスタ達と同じ思いであった。
[3回]
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