くいな達剣道部会の学生達は散々に騒ぎ、楽しんだ後で皆一斉にサッチ達に向かってありがとうございましたと言って去って行った。くいながサッチにありがとうと言っている横で目をハートの形にしてくねくねしているサンジはいつものことなので、もはや気にすらならない。
こまめにグラスや食器を片付けていたつもりだったが、彼等が帰ってみれば仕事はまだ山の様にあった。時計にちらりと視線を投げると時計の針はすでに日付を越えている。サンジは明日も早いのだろう。つかれきった顔をしているので、先にあげてやることにした。それにはエースも同意を示す。なんだかんだいって後輩思いの男である。
煙草をぷかぷかやりながら賄いをかっくらうサンジを尻目にエースが次々洗い物を運んでくる。洗い物ならばサッチは随分とやってきた経験がある。あっというまに機械へ入れるカーゴを皿でいっぱいにして食洗に放り込む。エースは二階からグラスなどを運びつつ、その合間に機械が洗い終えた食器を片付ける。
エースはよく働くなぁ、とサンジがぽつりと呟く。グラスをカウンター向かいの棚に片付けていたエースが振り返って何言ってんだ、と言いたげな顔をする。サンジのがどうみてもよく動いてるよ、とエースは顔を棚に戻してグラスを片付けながら言った。
「や、なんつーの、おっさんのこと好きだよなぁ」
「おっさんて。まぁおっさんか」
つーか好きって、まぁ好きだよ。サッチはいろいろ面白いしな、とエースがくすくす笑いながら肩を震わせる。そんなに面白いかサッチって、とサンジが首を傾げるのにきっと振り向いてまくし立てる。何いってんだサッチの面白いところなんか山盛りだぞ、あいつだいたい髪の毛もともと茶髪なのに金髪に染めてたり、リーゼント作るのに一時間もかかってたり、あとはなんだ、そうそう、マルコといるといつも顔がゆるんでるとかな、財布もってないわケータイすぐこわすわ酒すきだわなんだえーとちょっと俺の代わりに思い出してサンジ。
「何かあったっけ・・・って、俺が代わりに思い出せるわけねぇだろ」
びし、と手で突っ込みを入れられて、えー、といいながらエースはサンジの皿も下げていく。サッチが奥で次の洗いもんまだかと言っているのを聞いて、先輩一人であの量は流石に可哀想だよな、もう少しくらいなら働いてもいいか、と考えて二階に上がった。二階の小上がりのテーブルは、皿の種類毎に纏められている。
一番身近にあったトレイを食器専用のエレベータまでもっていって中に入れた。すると後からエースも上がってきて、お前もう上がったのにごめんな、と頭を掻いている。
「いいさ。どうせ俺この後帰って寝るだけだしな」
「いや俺もそうだけど」
「あれ、先輩後でおっさんとどっか行くんじゃねぇの?」
「は?」
あの会話を聞いていたのはサッチには黙っていた方がいいのかもしれない、と思いながらエレベータの下ボタンを押した。ぐーん、と音がしてエレベータが下りていく。なんのこっちゃと首を傾げるエースになんでもないと手で示すと、なおも首を傾げながら小上がりの片付けを再開する。
かちゃかちゃと皿をトレイに乗せる音着替えて鞄をしょって戻るとエースがトレイを持って降りて行くところだった。
「なぁりっぱな先輩」
「なんだ偉大なる後輩?」
茶目っ気のある視線を返してくるエースに違和感を感じるのはいつものことだ。この人はいつも俺たちよりもずっと先を見ている。そう、俺たちとは一つしか年齢が変わらないくせに、遥かに人生を懐かしみ、慈しみ、謳歌しているのだ。
「階段踏み外すなよ」
「いやそこまで俺駄目ってないけど」
とんとんと階段をおり、あ、お前最近ルフィ達と遊んでるのか、とエースに振られ不意にサンジは目を丸くする。そういわれてみればここのところ学校にバイトに修行で遊んでいる暇など無かった気がする。その空気を察したのか、エースが呟く。
「いつか海いこうぜ海」
「海ってアンタ…。直ぐ近くにあるじゃん」
「ちげぇよ、でっかい船に乗ってさ」
大海原に出るんだ。そういってサンジにむかって片目を瞑ってみせながら、エースは厨房に姿をけした。一体なんなんだろうと思う。エースはいつも海に異常なまでの執着をみせる。初めて会ったときからその癖は凄まじいものだった。あちらこちらの海を見て回るのが俺の夢だと言って憚らない。
まぁ、海にいくのもいいなと笑って、ついでにナミさんにビビちゃん、コニスちゃんは元気にしてるのかなぁと思いをはせながらサンジは帰路についた。
「よーし終わったな」
「つっかれたー!」
「はは、だろうな」
ほれ、と私服に戻ったエースに賄いを暖め直して出してやると、うわ、いっただきます!と元気すぎる声と共にそれはあっという間に姿をけす。さっきも残り物あれほど食べていたのにそれはどこへいったのやら。まぁ、燃費が悪いのは今も昔も相変わらずなこったな、と笑っていてはたと気がつく。今も、昔も?
眉間に皺がよっているのに気がついて指でぐりぐりと押すと掌から魚の生臭い香りと洗剤の香りがまぜこぜになったものがかおる。俺の手はどこまでくさいんだ、と呆れながら手を洗った。
そこでふと、エースをみやると彼はすでに厨房へ賄いの皿を洗いに姿を消していた。早すぎる。呆れながら自分もいつも着ている調理服を脱いで私服に戻り、店のあちこちの電気を落とす。さて帰るかと裏口に手をかけた瞬間にさっきオルビアにいらっしゃいといわれた音楽会のことを思い出す。
サッチの後からさっさと私服に着替えてついてきていたエースが首を傾げた。どうした?
「お前、これからちょっと行くとこあるんだがついてくっか?」
「え、何だよ」
「音楽会だってよ」
裏口から外に出ると、まだあの音色は途切れていなかった。聞いてる客もそうだが、よくもまぁ演奏者も元気なものだ。音色の方向へ自分の車を素通りして歩き出す。エースも電車の時間大丈夫かな、といいつつ嬉しそうについてきた。なんだかんだ言ってサッチと遊びに出るのが好きなのだろう。
音色の発生源は思いの他近いらしく、裏通りを更に奥へと曲がったところでその音は大きくなった。見れば小さな建物である。それの地下から、楽しそうなメロディが流れ出していた。地下に降りる階段を下りると草臥れた色をした木製の扉が二人を出迎える。
こんなところに楽器を持ち込める場所なんかあったのか、と不思議に思いながらサッチは扉に手をかける。中はそんなに大きくないバーだった。大勢が肩を組み、ビールの入ったジョッキやらをがしゃああんと音を立ててぶつけ合って笑っている。その仕草は普通の人が見れば眉を顰めるような粗野さがあったが、どこか懐かしいものだった。
「お、新しいお客さんだな」
声がした方を向けば、なんというか、栗のような頭の男が笑っている。煙草を吹かしながら、さぁ君達も奥へどうぞと言いながら、男は機嫌よく二人を音色の方へおしやった。沢山の人がサッチやエースの顔を見て肩を叩いたり、酒を手渡したりしていった。どの顔も見知らぬ顔で、しかしエースはその中の数人に笑顔で手を上げて酒を受け取ってさっき見たのと同じように乾杯をして口をつけていた。
そこでサッチは初めてオルビアを思いだして頭をキョロキョロと振る。図体のでかいサッチだが、人の頭を越えるよう背伸びしながら室内を見渡していると、エースがどうしたんだよと声をかけるので、探し人だよさーがーしーびーと、と答える。
「いや聞こえてるし。つーかマルコもここ来てないのかな」
「さぁな」
でもさっきサンジが言ってたじゃん、バナナみたいな頭のおっさんが裏道歩いていったって。あれ絶対マルコだろマルコ。だって今まで生きてきてそんな頭みたことないもん。しきりに言い募るエースはどうやら一度会ったきりなのに、しっかりマルコに懐いてしまったようである。
ちょっと前までサッチサッチサァーッチ、だったのになぁ、と一抹の寂しさを感じながらオルビアを探していると。直ぐ目の前に目的の人物が現れた。
「あら、サッチ」
「あ、オルビアさん」
「やっぱり来てくれたのね。さぁさぁ、こちらにいらっしゃいな」
カシスオレンジのグラスをもったオルビアがサッチに声をかけてきた。さっき話してから二時間は経過したはずだが、全く酔った様子を見せない彼女は笑いながらサッチの手をひいていく。ちょっと行って来るわ、と言い掛けながらエースを振り返ると、エースは物凄い顔をしていて思わず息を呑む。それに気がついたのかオルビアがくすりと笑って、貴方もいらっしゃいなポートガス、と声をかけた。
不意にかけられた言葉に我に返ったのか、目を瞬かせながらエースはあんた、と言いかける。オルビアはそれに答えずにさぁさぁ、と置くへ二人を連れて行った。
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