いや、あの、文章はいろいろあるんですがどれも書きかけなんだよーーーーごめんなさいいいいい
あ、明日インテの方がんばってくださいね!!!!
店の準備をしていると、サンジが少し遅れてやってきた。事前に連絡を入れてきていたので今日はお咎め無しである。すまねぇと言いながらバタバタと掃除をするサンジの後ろ姿を見ながら刺身を捌いていたのだが。
ちりっ、とした痛みが手元を襲ったのに気がついて視線を降ろすと、指先が小さく、しかしすっぱりと切れていた。
「……」
何もいわずにその切り身を脇に避けて、まな板に落ちて広がってしまった血をすぐ上にある蛇口を捻って水で洗い流す。まな板はそれで綺麗になるにはなったから構わないが、問題は指である。後から後から傷口に赤が溢れる。切れた部分を心臓よりも高い位置にすると流血が止まりやすいと聞くので腕を上げていたがさっぱり止まる様子がない。
傷口から腕を伝うあまりの赤に、このまま死んだらどうしよう、と恐怖を覚えた。しかし、身体は死なない事を知っているのか瀬死独特の演出などしない。ただむやみに腹部が疼いた。不思議な夢を見る前からだが、サッチは血を見ると腹部の中が疼く癖があった。腹に虫でも沸いたかと胃カメラの後にMRIまでとってもらったが特に異常などみあたらず、ただただその癖は続いている。
「あれおっさんどうした?切ったのか?」
「刺身包丁ですっぱり」
「痛い痛い痛いから」
眉をしかめながらサンジは二階にあがっていく。まだ止まる様子をみせない血にしまいにいらいらして救急箱の絆創膏を貼り付けて作業を再開する。苛々しているせいか、刺身を作る作業が上手く進まない。なんでこんなに苛々しているんだ、と思いを馳せれば理由は数秒も経たずに弾き出される。
数週間前にたまたま行った、海を思う会と称するただの酒飲みの会で余計な事を悟ってしまった。どうやら自分は、海を思う奴等と共通の記憶を持っているはずであるということを。しかしそんな記憶を自分は知らないし、これから思い出す予定も無い。
苛々するのは、自分が知らぬ相手がこちらを知っていて、記憶が無いことに言葉には出さないが失望されているらしい現実である。実際エースにも一度、なんで知らないんだという風な目で見られたことがある。その寂しそうな視線が辛かった。
次いで浮かんできたのはその会から逃げ出した自分を追いかけてきたマルコがしでかしてくれたことである。男同士で、しかもいい年をこいたおっさん同士で、一体奴は何をしてくれた。あぁ思い出したくないのにむやみやたらとその情景が次々とフラッシュバックしてくる。勘弁してくれ。自分はそちらの気など欠片もないつもりなのだ。やるとすればどちらかというとどこもかしこも柔らかい女がいいに決まっている。
「おっさん、どうした?」
「…あ、あぁ、いや」
「なんか最近おっさん変だぞ?大丈夫か」
物思いに耽っている間にサンジは一階の掃除を終えたらしく、こちらを覗きこんできていた。餓鬼に心配される程へたれちゃいねぇよと苦笑しながらテーブルを拭く為の布巾を投げつける。見事にキャッチしながらサンジはそれでも心配そうである。こんなガキにまで心配させて、と内心で自己嫌悪してしまう。あぁ、全ては己がこんなうだうだと悩んでいる状況が原因なのではないかと思う。
それよりも今日は久々にエースがバイトで来る日だ。ここのところ大学でのテスト期間でずっとバイトには姿を見せていなかった。あの日部屋に帰りついたとたんにエースから電話がかかってきて、ちょっと俺放っていかれた寝るとこないんですけど、と電話口からでっかい声が響いたのを思い出す。
マルコがその辺にいるだろ、思い出した奴同士仲良くしておけよと吐き捨てるように言ってサッチは電話をたたき切り、そのままシャワーも浴びずにベッドにだいぶした。今すぐ、何も夢を見ずに眠ってしまいたかった。
あぁまたあの日のことを思い出していた。もう忘れたいんだ、と頭を振って作業に没頭する。二階から降りてきたサンジにレジの事前確認をさせて、暖簾を出す時間になる。エースが来る時間は店をあけてから一時間後のはずだった。
あぁ、正直エースに顔合わせ辛いなぁと内心ぼやきながらできあがった刺身をバットにのせて冷蔵庫に放り込む。ぱたんと扉を閉じて上体を起こすと、サンジが外の掃き掃除をしているのが暖簾の下から覗く足から見て取れる。あいつにどうにも気を使わせているのも自己嫌悪の一因だ。きっと奴は三十を迎える前に禿るか白髪になっているだろう。
「あー、もう」
「何、何かあった?」
声がかかってひょいと首を裏口の方へ向けると、繁華街通りのキャバクラで働いているアルビダだ。売れっ子であるせいか、よく客と同伴でサッチの店に夕飯を食べに来る。たまにお忍びと称して珍しい赤鼻の男と眼鏡の男を連れて飲みに来ているが、あれが彼女の腐れ縁なのだろう。
「いーや、ちょっとねー」
「何よ、珍しいじゃないアンタがそんなにふて腐れてるの」
「余計なお世話だよこの野朗。ってか、おい、裏から入ってくんな馬鹿」
今日も今日とてハイヒールで着飾っている彼女はハンドバッグを肩に担ぐようにして店内に入ってくる。いやいやいくら知り合いでもお前それは。呆れて眇めてやると、なぁに、女を喜ばすのが生きがいなアンタがそんな溜息ついてると気持ち悪いわよ、と彼女は笑う。
「いやもうほんと大きなお世話だっつの」
「あっそ。まぁいいわ、それよりお腹すいたのよ」
じゃあさっさと座りなさいこのお転婆。カウンターの席を顎で指すと、アルビダは頷いて一番奥の席についた。何食う、と聞くと彼女はとりあえずお茶貰っていいかしらと煙草を取り出しながら言った。店の表からサンジが帰って来て目を見張って驚いていたが、サッチが何を言うでもなくお絞りと箸、それにお茶を用意して彼女の側に飛んでいく。
「今日はお前仕事前なのに食って大丈夫なのかよ?」
「だって今日はどうせ行ったら何も食べずに飲み通しよ?酔いが回っちゃうのって嫌いなの」
「いやじゃあ飲ませろよ野朗共に」
「勧められたら断るわけにはいかないじゃない?」
小首を傾げながら煙草を咥える彼女の側でライターをすっと差し出すサンジに笑いかけると、サンジは目をハートにして喜んでいる。どこまでも女性に対しては感情を隠さない奴だな、とサッチは笑った。アルビダもくすくすと笑い声をあげながらお茶を口に含み、次いで出されたお通しに手をつけている。今日のお通しは青じその上にのっけた豆腐で、上にカッテージチーズと胡桃が乗っていて、酒と醤油とみりんを同じ割合で混ぜたソースがかかっている。女性客には人気のお通しである。
「貴方の店のものっていつも美味しくて好きよ」
「お褒めに預かり光栄の至り」
「…ってその指どうしたの?」
「いや無視かよひでぇな。あー…いや、包丁で「やっぱ聞かないわ、やめとく」はいはい」
一旦厨房に引っ込んで、サンジに注文を取らせていると裏口で自転車ががちゃがちゃと鳴っているのに気がついた。お、来たかな、と首をごきごきと鳴らしながら裏口を開けると果たしてそこにエースが居た。いきなり戸が開いたので驚いたらしく、目をまん丸にしている。
「…びっくりした…」
「だろうな。ほれ、テストお疲れさん」
言葉と共に色気もそっけもない茶封筒をエースに投げて寄越すと、わ、た、たた、と慌てて受け取る仕草がまだ幼くて思わず噴出してしまった。シフトまで時間あるから、時間潰して来いといわれたエースはしかし、いいよその分ただ働きすると言って裏口に立っていたサッチの横をするりとすり抜けた。
「あー、サッチ?」
「何だよ」
「…こないだ、ごめんな」
振り返ってこちらを見つめた目には、いたずらっぽい光しか浮かんでいない。一体なんのことかと思ったが、あの夜のことを指しているのだろう。変に気を使わないエースの姿勢がありがたかった。くしゃりと笑って頭をがしがしと撫でてやると、エースは困ったような顔になってその手をどけようと頑張る。
「だぁから俺は頭撫でられるの苦手なんだってば」
「あーそうだっけか悪い」
より一層ぐりぐりとしてやるとエースはぷんぷんと怒って二階へ消えていった。どうせすぐに機嫌を直して戻ってくるだろう。サッチは笑いながら店へと踵を返した。
[3回]
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