再び夢小説をサルベージ
いきなりラストとかwwww
三味線を爪弾く音が聞こえる。うっそうと緑の茂る山麓、その中腹にぽつりと立つ小さな家。
笠を目深に被った男はそれを見上げて山へと分け入る。
「お恵」
「はぁい、どうしましたシズクさん」
「お客が来るようだ、盥に水、たのむよ」
「はいはい」
お茶はシズクさんがやってくれますぅ?との問いにもちろんさせてもらうさと答えを返して、女はよっこらせ、と重い腰を上げた。いつもはなんやかやと自分でやってしまうのだが、今日は中々それができぬらしい。頼むから動いてくれよ、ポンコツの腕と脚。念じながら土間に下りて湯を沸かす。
キシキシ、とかすかに聞こえる音はどうやら彼女の右足と左腕からきこえるようだ。長い髪を結んでいた紐をいちど解き、もう一度、今度は高い場所で結い直す。それをみたお恵があぁ、あぁ、と声をあげる。
「私がしますのに」
「すまない」
それにしてもシズクさんの髪は綺麗ね、随分伸ばしっぱなしに見えるのに、痛んだ様子が無いなんて羨ましい。お恵はシズクを土間の上がりに座らせて、土間側に立って髪を結う。シズクだって、髪を触られるのが気持ちよいことを知っているから、目を閉じてなすがままの状態だ。
「はいできた」
「ありがとう」
そうだお恵、と馬の尻尾のような髪型になったシズクは、傷跡の残る顔をにこりと笑ませて彼女に言う。今日は街で縁日があったね、せっかくだから行っておいで。ついでに父上様母上様に顔をみせてあげるといい。
「でも」
「帰りは明日でもいいから、さぁ」
お小遣いをあげる、お前さん街にいいひとがいるんだろう?二年ぶりだし、行っておいで。別嬪になった顔をみせてやりな。シズクはにこにこと笑いながらお恵をついに追い出してしまった。
「じゃぁ、明日必ず戻って参ります」
「お土産を期待していいのかな?」
「勿論です!行ってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
急に静になった庵で、シズクは一人急須に茶葉を入れて湯を注ぐ。二つ並べた湯のみに、数十秒待ってから交互に注いでいく。ちょうど良い色合いのそれに満足な表情を浮かべると、さっきまで自分がいた座敷へとぺたぺたと歩いていって、縁側に目をやりながら言った。
「随分とお早いおつきで」
「……これでも捜すのに十年はかかっている」
縁側には、壮年からちょっと足をでたくらいの男が座っていた。長く伸ばしたままの髪は、一つに結わえられて右側へ流されている。色であらわすならば黒つるばみ色。過去も昔もかわらぬ色に、シズクはくすりと笑んだ。
「よく生きていたものだ、とお思いでしょう」
「……」
「自分でもよく思います」
「お主、都と共に」
「奈落へ堕ちましたが、どういうわけか右足と左腕、そして顔に傷程度ですみましてね」
ふ、とこちらを見たその視線に苦笑を返してから湯のみを片方差し出す。お飲みになりませんか。この地方の茶は美味い。
「いただこう」
「お恵が…あ、お恵というのはここに家事手伝いに来てくれている娘でしてね、今日は縁日があるんで街へやらせたんですが、その娘が買ってきてくれた茶葉なんですよ」
ずず、と音を立てて飲まれる茶、さやさやと風が縁側から見える木々の葉を揺らしている。音が全てをあらわしているかのように、だがこの庵には静けさが舞い降りる。
「美味い」
「でしょう。お恵も喜ぶ」
そういえば、カンナ村は無事だったのですよね?
その問いに男はかすかに頷く。だが、帰れたものは儂とシチロージ、カツシロウだけだった。その呟きにシズクは小さく、知っています。と返す。そして、もう一つだけ言ったのだ。
「都に、ミツハルがいたのをご存知でしたか」
「…何?」
「ミツハルは…父のときと同じように、私が斬った」
「……」
「羨ましい死に様でした」
「……」
知る人ぞ知る、この男の隊にいた斬艦刀第五班長をつとめていたミツハルという男。最後の戦を境に行方不明となっていたが、あの都の中で用心棒として生きていた。顔を合わせた彼は、シズクの顔を見るなり、上将の仇、と刀を振りかざして泣いていた。
ミツハルは、もう六花は一人しか居ないのだと思い込んでいた。故に絶望し、己の両の脚も痛むに任せて放置し、くたされていくのも構わずに空を見上げていた。それを無理矢理手術を受けさせたのがアカネ村に住んでいた甚壱である。
シズクと対峙して、お前の刃で死ねるならこんな嬉しいこたぁねぇ、と、高笑いをしたものだ。
「お前はそうして生き残った」
「こんなに傷だらけになってはしまいましたがね」
そうそう、シチロージとユキノさんは一緒になられたのですか、と女は問う。その問いには答えず、男はゆっくりとシズクの顔を見る。シズクは、もはや久しいばかりのあの笑みを浮かべて言った。
「こんどは何処へ行かれるのですか」
「さぁな」
「丁度暇を持て余していたところです、今度こそ離れませんからね」
「…好きにするがいい」
それから数日後、二人の姿は忽然と消えた。行方を知るものなど、ありはしない。
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