ある日、またバブルに誘われた。ちょっと遊びに行かない?
「今度はどこへいけばいい」
「あー、ちょっと、なんていうの、頭数あわせ?」
「お前もそのクチだろう」
「やっぱ分かる?」
連れて行かれたのは前に行った場所とは正反対の、街の中。とあるスタジオのような場所の扉を開けて、バブルは誰かとなにやら話している。
「あ、ウェーブ、こっちこっち」
「?」
「ウェーブ、君、ウッドベース弾けたよね?」
「かじった程度だ」
「ラインは?」
「一通りは」
「ソロは?」
だんだんつかめてきた。こいつ、自分二ジャズのバンドの一員になれと言っているのだ。見知らぬ中に一人放りこまれるよりはましだ、と思ってとりあえず、ウッドベースに手をかけた。
「とりあえずセッションするかい?」
「ウェーブは何がいい?」
「…?」
「ジャズの曲!」
「…Misty?」
いきなり珍しいとこへ行くナァ!とドラムとサックスの奴等に言われる。仕方がないだろう。あの日、自分が初めて知った歌の名前が知りたくて、懸命に探し回ったのだから。
「いきなりは難しいんじゃない?」
バブルがいささかニヤニヤしながら言った。じゃあどうすれば良いって言うんだ。ドラムの奴が助け舟を出してくれる。とりあえずFブルースで行こうじゃないか。
「tenor madnessでいいんじゃない?」
「明るいなー!!」
渡された楽譜の後ろの方のページ、カウントから直ぐにラインを追い出すと、周囲が若干驚きの顔をしてきた。
何だ、と不思議な顔をすると、バブルがびっくりしたように言った。ウェーブ、君、ピッチがぴったり…!
「音楽は好きだからな?」
「いや、僕もいい人材を見つけたなー!」
それから一日中いろんな曲を弾かされた。autamun leaves 、 i'll rememmber Aplir 、 All of me、中にはなんじゃこれ、というような記号が出てきて、そのたびにバブルに教わった。中々バブルはいい先生である。
結局時間ぎりぎりでスタジオの管理人と、次利用者に追い出されるまでぶっ通しでウッドベースを弾き続けた。左手の指は弦を押さえすぎでずきずき痛むし、右手の指にいたっては人差し指に水ぶくれができる始末。バブルが針で水を抜いてくれて、絆創膏を渡してくれながら言った。皆そうやって指が堅くなっていくんだよ。
水の仕事をやっているのに、水ぶくれで手が痛いとか正直冗談じゃないのだが、とじとりと見やると。あはは、僕が誘ったんだしね、仕事、いくつか変わってあげるよ。と言われる。だがそんな事をすれば、バブルとの時間が減る、などといってクイックが黙っちゃ居ないだろう。丁重にお断りさせていただいた。
「そういえばさっきトルネードから連絡があったんだけど、」
「?」
「今日のサックス吹いてた彼だよ。ってか君、名前すら聞かなかったの?!」
「…いや…今日限りなんだろうと思っていたから…」
「…なるほど。まぁ、とりあえず、こんど彼が歌うたえる奴を連れてくるから、そのときにミスティはやろうってさ」
「…わかった」
それにしても君、ほんとにかじった程度とは思えないよ。何でピッチもリズムも完璧なの。なんだかピアノを弾いてきた者としては悔しいナァ…。バブルは半ば呆れたようにして笑う。何がそんなに悔しいのか意味を図りかねて首をかしげたウェーブは、よくわからん、と言って部屋を出て行く。
その背中に小さく投げかけられた声を彼は知らない。
「きっと君はその思いに気付いてないんだね」
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