花のいろは~の続き
倒した奴等の血糊を拭い切れなかったと見えて、微かに血の匂いが藪の向こう側から漂う。にぃ、と覆面の下で笑みを強めた七松は更に追撃をかけるために樹の上へ飛び上がった。暗闇の中で動く人影を見つけるためである。最初は闇が濃くてよく見えなかったが数十秒もすれば目は闇に慣れる。そこからはまるで獣の様に七松は駆けた。
匂いが僅かに濃くなってきた。標的は近い。だがもうすぐで裏々山の領域を越えて、他の大名の領地となる。これ以上行けば侵犯とみなされるであろう。しかし今の七松にはそのようなことはどうでもよかった。
ただ、その凄腕を持つと思われる忍と一戦を交えたかったのである。
藪を掻き分け、小川を飛び越え、小道を横切り匂いを追う。今の七松には体力が有り余っている。早く戦いたい。戦ってみて己の立ち位置をはっきりと知りたい。己の欲求にはまっすぐに答える男であった。
と、唐突にその臭いが途切れた。途切れた地点には川など無かった。ということは。
――ハメられた?!!
思う暇なく、背後に背筋が凍るほどの殺気と、首筋に苦無。頚動脈にぴったりとあてられている。己はここで終わってしまうんだな、とやけに冷静な自分がそこにいることを実感していた。だが後ろの気配に止めを刺すつもりはないらしく、恐ろしく静かな声音でささやかれる。
「まだ…、死ぬつもりはなかろう?」
ならば私についてくることは許さぬ。首筋の薄皮一枚をつぅっと切り裂いて、その血で七松に血化粧をしながら気配は嗤う。おろかな忍の卵よ、そなたは己の居るべき所へ戻れ。その間中ずっと、七松はただ己の心臓の音を聞いていた。片腕一本動かすことすらできなかった。
気配が掻き消えた瞬間、冷や汗がどっと出る。己もいつかあのようなモノになるのであろうか。心を殺し、命の尊さを疎み、ただ殺すために生きる人形と成り果てるのであろうか。己は、自分の心だけは折らない、と強く決心して学園へと引き返した。
学園の裏塀を飛び越えると委員会の後輩たちが待ち構えていた。既に風呂に入った後なのか、皆寝巻きを着ている。平がこちらをみつけるなり大声で説教をしだす。まったく貴方というひとは、後輩に心配をかけずに帰ってくることができないんですか!その脇で金吾が小さく、先輩だって自慢される側の迷惑を考えたこと無いですよね、とシュールな笑みを浮かべてつぶやいている。
「あっはっはー、すまん!追いかけていたら殺されそうになった!」
「!!」
「だから、今金吾とシロはきついかもしれん、すまん」
「い、え、」
僅かに顔がこわばった二人を平と次屋に任せて自分は学園長室へと向かう。先の倒れていた人物らの身元確認をせねばならぬと思ったのである。だが行くとすぐにわかったご苦労、お前は休めと言い渡される。それには思わずお言葉ですが、と反論した七松、そばにいた厚木に諭された。今六年でお前より疲れていない奴はたくさんいる。無理にお前が行く必要はない、と。
「ですが!」
「ですがも糞もあるか、お前その血化粧何とかしろ!よく一年生に泣かれなかったな!」
「あ」
とりあえず風呂へ行け風呂!と追い立てられて風呂場へ行くと仙蔵がいて、うわぁお前何その面、といいたそうな顔をして七松を迎えた。
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