秋の田の~続き。
お前な、それって結構危険な事なんだぞ。不満げな顔をするんじゃない。潮江はそういって窘めるが、本当はこいつだってそういったプロの忍との命のやり取りを欲している筈だ。別に死にたがっているわけじゃなく、ただ単にこの六年間でどれほど自分がプロに叶うほどの力をつけたか、己の弱点をしるならばそういった場で確かめられるといいと思っているのだ。
小平太は馬耳東風そのもので、さっさと身体を手拭で洗い、今日の汚れと垢をおとしてしまう。桶にはうっすらと垢が浮く。きったねぇなぁ、さっさと流せよそれ。横から潮江が口を出す。はいはいと適当に返事を返しながら桶の湯を流した。
と。
「あーだるぅ」
「留、それはやるき無さ過ぎ」
「うるさいよ」
「ひどっ」
は組の名物コンビが現れた。皆口々によぅお疲れーなどと声をかけている。だが、隣の潮江が一瞬凍りついたのに気がついたものは小平太以外にいなかったようだ。一体どうしたというのだろうか。
「もんじ?」
「…いや、血の臭いがした気がしてな」
何事もなかったかのようにして潮江は立ち上がり、ふいっと湯船へと去っていった。なんだかなぁ、と思いながら七松は頭に湯をぶっかけて石鹸で洗い始める。わしゃわしゃとやれば反対側に座った伊作に泡がとんで、うわ気をつけてよこへ!と文句を言われる。
「いさ、文句言ったってしょうがないよ。小平太だし」
「あっはっはー、ごめんな!いさっくん」
「まぁいいけどさ」
その時小平太もすん、と臭った。潮江が言った血の臭いが。
「あれ、留ちゃんかいさっくん、今日やりあった?」
「えぇ?僕も留もそんな任務もらって無いよ?」
「あー、俺だ。さっき怪我してた後輩に応急手当してたし」
留が困ったように笑いながら髪を洗い出す。食満の髪は濡羽色で傍目からみても綺麗だと思う。サラストでは仙蔵が一番だったが、あれは違う意味での美しさだ。小平太はなんだそうか、と笑って自分も湯船へと向った。
「もんじ、あれ留ちゃんだったよ」
「ほぉ」
「怪我した後輩の手当てしてたってさ」
「…どうだか」
んだとコラ潮江ぇ!と声が上がった。見ればさっさと頭を洗って身体を拭いまくっている食満の顔があった。うっせぇ食満だまっててめぇの身体洗ってやがれ!と言い返して潮江はあまりに烏の行水な勢いで風呂から上がっていってしまった。今日は気が早いナァ、と小平太は珍しいものを見た気がしてくすくすと笑った。
だが、小平太もやがてその殺気とぶつかる日がくるとは思いもしなかったのである。ある日の夜、相変わらず体育委員会は金吾と四郎兵衛を担いで次屋を捜索し、そして発見した帰り道である。今日は裏山ですますはずだったのに、なぜか次屋は裏々山にいたのだ。平が次屋に、前を見て走れといわれたろう、と軽く説教している。すみません、と心なしかしゅんとしている次屋に小平太がさぁ帰るか!と言って藪を掻き分けたときであった。
つん、とつよい血の臭い。とっさに次屋と平に金吾とシロには見せんな、と怒鳴った。しかし金吾とて毎回面倒に進んで巻き込まれるは組の一員である。さっさと藪を掻き分けてその現場を見てしまっていたが平気なものであった。
「誰…の仕業でしょう」
「こいつ等の身元確認が必要だな」
平、こいつらを頼む。そう言って先に後輩達を学園に戻らせると、倒れている忍を検分し始める。この装束はここいらではめったに見ない色だから風魔でもないだろう。風祭か更に東夷の者かもしれない。懐を探る為に身体を俯きから仰向きにかえて調べる。たった一太刀で事切らされたようで、ある意味綺麗な死に様である。
「さて、やったのはどいつかってことだな」
誰ともなしに呟いて、頭巾で顔を覆う。苦無は腰板に二、三入れてあるだけだが、いざともなれば小柄も入れてある。血の臭いで鼻が馬鹿になりそうだ。小平太はにたりと笑って藪へと消えた。
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