大いなる祖先たちの子等よ、目を閉じよ。さすればそなたらの中に潜む血が、そなたらの父祖達のおわす堂室へといざなうであろう。
目を閉じる。己の毛細血管が眼に映り、赤く染まる世界。更に目をもう一度閉じれば、そこには薄暗く広い部屋があり、さほど大きくも無い円卓が置かれているという。その円卓の間はいつ通されるとも知らず、ただ己の中に流れる血が、そこからの映像を見せてくれる。それはまるで、水面にうつろう、泡沫のように。
父祖の血が他よりも多く存在する仙人、または道士たちには円卓の間に通された時、彼らの声音が聞こえるという。
その円卓にはいつも八人の影が座っていた。知識あるものならば彼らが何者であるか分かるであろう。三皇五帝。彼らはいつも魂でこの移り住んだ世界の行く先を論議していた。女媧という三皇の一人がいつも率先して言葉を発し、それを伏羲ら他の七人がその案について語り合う。女媧はいつも言っていた。我等の暮らしていたあの世界こそ本当の姿。我等の故郷をもう一度作り直そう、と。
しかし伏羲はそれを拒む。この星に我々は移住してきただけなのだ。この星のものにはこの星の者の成長の仕方がある。そなたはなぜそれが分からぬのだ。女媧はなおも反論する。この星に存在する知的生命体は我々のみぞ、あのような原始生物から我々のような者が生まれるのを永遠に待てと貴様は言うのか。故郷をえるのに我々は幾億年待たねばならんのだ!
神農も女媧に言葉をかける。私達はこの星にとっては癌のようなそんざい。ミンストレルリングのちょうどその頃合に位置するべきものだ。ここから私達が手をかけ始めていけば、いつか我々の育った故郷のようになると貴女は言い切れるのか。ここの生態系をめちゃくちゃにする責任は負えるのか。
女媧は神農をきっと睨んで言う。私の四宝剣で幾度でもやりなおせる!たとえ道がたがおうとそれで始めからやり直せばいい!
五帝達は先の三人の言い争いをただじっと見つめ、耳を傾け、そしてそのうちの一人が伏羲達に告げる。尭である。
私は故郷を作り出すのは反対だ。私達の故郷は繁栄を極めすぎたが為に滅んだのだ。また同じような故郷を作ったとしても必ず滅びは訪れよう。あの悲しみを再び得るくらいならば、私はこの星の土となろう。
なぜだ尭!なぜ貴様は私の言う事がわからぬ!
声をあげるな女媧!主が言いたいことはもう山ほど聞いた。
そのような言い争いが幾度も幾度も続く。
そして、ある日を境に女媧が姿を消した。そして、彼女以外の六人も。
ただ一人神農が残った。五帝がこの星とともに生きることを選び、大地に、生命に、空気に同化していく様を見届けた彼がこれから行く先全てを見届ける役割を課せられたのである。そして、いつか女媧はこの世界に介入するだろうことを想定して、伏羲が世の中の知的生命体に紛れていった。
数十億年が流れた。幾度も発生した文明は、魂だけの力の女媧によって幾度も破壊され、幾度もやり直しを余儀なくされた。五帝等の魂の苦しみを、ただ神農は聞き届け、それをただ記録し続ける。幾度目の破壊の後であろうか。世界は正にかつての故郷の歴史通りに進み始めてしまった。
アウストラ・ロピテクス―猿人―が誕生し、ホモ・エレクトス―原人―が発生し、ホモ・ネアンデルターレンシス―旧人―、そしてホモ・サピエンス―新人―が登場した。土器を使っていた彼らは何時しか青銅器を使い始め、やがてそれぞれの集団の中のリーダーが国を作り始める。
道士や仙人、妖怪達の中でも父祖達の血を色濃く受け継いだ者達は眠っている最中よく彼等の円卓の間へと通される夢を見るという。その夢を見たものは皆一様に口をそろえて言うのである。
神農が、憂いを宿した顔でいる、と。
神農は辛かった。このまま進んでしまってはやがて世界は女媧の思う壺の中になっていく。あの滅びが見えているだけに、この星にいる生き物達にはあのような凄惨な最後を遂げて欲しくない。だが己は世界に手をださぬと決めたのだ。血を吐くような辛いことを全て伏羲に押し付けてしまった。彼はきっと私を困った者だと呆れた目で見ているだろう。
やがて、時は過ぎる。中国に歴史上初めて存在したとされる夏王朝が殷の湯王に滅ぼされ、そして殷もやがてその終末を迎える時がきた。沢山の人の命と、沢山の仙道達の命が消える運命にある、封神計画がここで姿を現す。女媧と永遠の別れをする日がきたのだ。
彼女が消えた瞬間、神農は涙を湛えた瞳で呟くのだ。
「そして、導なき道へ」
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