俺にとってそれは唐突に起きた事件だった。それまで俺は、弟と、じじいと、隣に住んでるシュライヤって奴で構成された世界の中で、年齢相応の感受性を持って生活していたんだ。
じじいは警察の偉いさんだから、いつもここに帰ってこれるわけでなく、むしろ狙われやすいという理由でちょくちょく自分専用のセーフティハウスで寝起きすることが多かった。だから、いつも俺とルフィの飯の世話とかは隣のおばちゃんにやってもらったりしてて、ついでにじじいの知り合いで家政婦みたいな仕事をしてるマキノさんとかに面倒をみてもらっていたんだ。
あれがきたのは本当に唐突だった。初めは何か最近、すごくよく海の夢を見るな、と思うだけだった。海は海でも、家から車で十分程度の距離にある海とは違って、すごく美しくて広くて、そう、太平洋みたいな見渡す限りの海だったのを覚えている。
声が聞こえたんだ。沢山の人の声。俺の名を呼ぶ声。泣き叫ぶ、ルフィの顔。
でも、何が俺を呼んでいたかなんてわからない。だからその夢をじじいやらシュライヤに話して、俺って海に行きたいのかもしれないって言ってた。その夢を始めてみたのが小学六年生の頃だったから、皆笑って、じじいなんかじゃあ海にでもいくかとか言って頭を撫でてくれたっけ。
海に関することをいろいろ調べていくうちに、中世とかに海賊っていうのがいた事を知った。そうそう、現代にも海賊っているけど、機関銃とかもっててロマンの欠片もないと俺は思う。で、だ。
スペインの黄金時代からイギリスの全盛期に、南アメリカのあたりは海賊が沢山いて、冒険をくりかえしていた。ってのを見た。これを調べてたのは中学に入ってからだったかな。ほら、厨二病っていうじゃん、そんなかんじだよ。今思い返すと当時の俺の行動ってけっこうはずかしかったなと思う。でも、あの時間がなければこうして俺は俺をとりもどせなかったろうし、あちらこちらで見る見たことある顔に会って幸せを感じることも無かったろうって思うんだ。
いきなり濁流のように押し寄せた記憶は、丁度なにかを見てるときだった。そうそう、でっかい帆船を見たときじゃなかったかな。あまりのでかさに圧倒されて、でもすごく何か懐かしいって気分がして、何か痒いところに手がとどいた気がした。その瞬間だったと思う。
最初に脳裏に映ったのはルフィの呆然とした顔だった。次は涙をこぼすオヤジの顔だった。そこから芋づる式に、様々な事を、まるで映画の様に流れるそれを、記憶として一瞬で体中に刻まれたんだ。帆船を見に来ていたのは俺とサボとルフィ、それにシュライヤだったが、目を見開いて呆然としてる俺を見て三人は慌てたって言ってたっけな。
そりゃそうだ、いつもはやかましいくらいに何か言うだろう俺が、何も言わずに食い入るように帆船を見てそれから涙をこぼしたんだから。俺は、嬉しかった。この世界では自由がないかわりに、皆生きてる。誰かに殺されることもなく、ただ笑顔で生きている。それが心のそこから嬉しかった。
高校の時にルフィの仲間のゾロやサンジ、ナミ、ウソップに会い、それから大学ではトラファルガーって奴とも会った。直接会話した記憶はなかったけれど、話してみると面白い奴で、あぁ、あの時代にも一度話せてたらなぁって思ったんだ。
でも、俺だってこの記憶が戻ったことで怖くなったことがある。
俺以外の誰も、あの時代の、あの世界のことを覚えていないんだ。俺一人、ずっとあの世界に囚われ続けていかなければならないのかと思うと、正直今も苦しい。テレビでよくみかける会社の会長のオヤジですらきっと俺のことなんか覚えていないんだ。
苦しい。だから仲間を探してしまうんだ。誰でもいい、俺の、ポートガスとして生きていた俺を覚えている奴を。
そんなもがくような毎日を過ごしていた俺は、ある日サンジにバイト先の飯屋の話しを聞いたんだ。店主の名前を聞いたときまさかって思った。だって、記憶を取り戻してからこの方、白ひげの仲間を探していたんだ。見つけたのは直接じゃないけど、オヤジと、バイオリニストのハルタ、着物問屋のイゾウ、R&Bのシンガーやってるラクヨウ、水泳選手やってるナミュール。それ以外はどこにいるのか、会った事も聞いた事も無い。だってそうだろ、ここであいつらのことを知ってるのは俺しかいないんだから。
でも、あの短くも濃い人生の中で俺の中に印象づいてたのは、幼い頃と白ひげ海賊団に入ってからの時間だった。マルコとサッチと俺。あの二人には特に可愛がられてたんだなって今思い返すとしみじみ感じる。
一度でも会いたかったんだ。覚えてなくってもいい。だから。
サッチは相変わらずサッチだった。煙草を咥えて、その傍目にはその筋の人ですかって顔で愛嬌のある笑顔を向けてくる。ほんとに何もかわらなくて。俺の食いっぷりに驚くことなく笑って。懐かしすぎて涙がでちまいそうになったのを、むりやり酔いで誤魔化した。
でも激しい違和感は拭えなかったんだ。だって、サッチの側にマルコの影がなかったから。あの二人は歳も近くて、入隊時期もほぼ一緒で、他の隊長達よりも互いの事をわかってた。なんていうの、ツーカーってのかな、互いが考えてることが大抵言わなくても通じ合ってたんだ。あの時代のサッチはいつもシニカルな笑みを湛えて言ってたっけ。こんだけ飽きるくらい長いこと一緒にいるとな、わかっちまうものなのさ、って。
戦闘とかでもあの二人は息の合いすぎるくらいに互いの背を互いに預けてた。それがすごく羨ましくて、あの二人に背を預けてもらえるようになれたら、っていつも思ってたんだ。
だから今、こうしてサッチの店で働くことは、いつかマルコにも会えるんじゃないかって思っての行動で。たまに客の残した料理を食いすぎて賄いが食えなくてサッチに指差して笑われるけど、まったく構わないって思える。それに、何か予感がするんだ。サッチは無意識にマルコを探してる。
何かの小説でもあったな、二人は二人で一つ、半身である片割れを失えば、もう片割れは生きていけない。だから捜し求めるのだって。車とか不死鳥の炎の色だし、部屋には海に関する写真とか絵とかいっぱいだし、火の鳥のマンガおいてるしディープブルーのDVDもってるしパイナップルの形の灰皿とかあるし。
そこから何を感じるわけじゃないけど、サッチはきっとマルコに会いたいんだろうなって、思うんだ。俺が何をできるわけじゃない。けど、それを見守る事くらいできればいいのに。そう思う。
[2回]
PR