「ちょ、聞いてねぇぞエース、お前…」
「いやだって俺も初耳だよ!っていうか何で来るんだよ!」
「あんだとこらエース、じいちゃんにそんな言い方はないだろうが!」
ええと。この事態をだれか適切に説明してくれと心の底から思うのだが、エースはエースでぎゃんぎゃんと祖父と名乗るじいさんに噛み付いているし、サンジは奥で、勝手に調理をしている。
「って、こら」
「あん?」
「お前のとこはフレンチだろうが。変な癖はつけさせたくねぇんだっつったろ」
コンロの前でフライパンを振っていたサンジの髪をひっつかんで口元をひくひくと引き攣らせながら言うと、サンジはサンジで、おっさんはルフィと先輩のじーちゃんの相手してこいよ、警察のえらいさんなんだろう、と生意気にも言ってくれる。
だいたいが、だ。エースのじいさんが警察の偉いさんだってのは聞いてたが、何も総監連れて飲みにくるこたないだろ飲みに。うちはそんな高級な料亭でもなんでもないんだぞ。どんだけ気さくなんだこのじいさんは。
孫の頭を鷲掴みにして、じいちゃんいらっしゃいくらい言えんのかぁぁぁぁ、と叫んでいるガープの横で止めてやれよ可哀想だろと突っ込みをいれているのはセンゴク総監である。っていうかあんたもほいほいとこんな店についてくるなよ。SPとかいろいろつれて来いよ。
しかも来たのはまだいい。なぜ小上がりじゃなくてカウンターなんだ。あんたらもうちょっと偉いんだって自覚はないのか。いやでももともと一警官なんだししかたないか。こっそりと溜息をついてサッチもカウンターで魚をさばいておいてあったものを冷蔵庫から取り出してちいさく削いでいく。
「今までパチ屋やら駐車場でしかバイトしなかったエースが、飲み屋でバイトを始めるっていうから、一体どんな旨い料理を食わせてくれる店なのかと期待してきたんじゃよ」
ガープはぶわっはっはっはっは、と涙を流しながら爆笑する。センゴクとも面識があるのだろう、エースはセンゴクとも何やら話している。できあがった刺身をつまと紫蘇の上にのせてから、エースを呼ぼうとしたが、話しの邪魔をしては悪い。小上がりの方にいる客へは自分で運ぶ事にした。
「お、今日は運ぶのは君なのか」
眼鏡をかけた、作務衣の男性とその家族である。嫁さんはすごく綺麗な人で、娘は二人のいいところばかりを貰ったのだろうか、黒い髪に黒い瞳でころころと笑う。サッチが店を始めた当初からよく家族で来てくれる常連である。
「まぁな、エースがじいさんと喋りこんでるもんだから」
「ははは、それは仕方がないな」
サッチはこの男のことを先生と呼んでいる。別に作家をしているわけでも陶芸をしているわけでもないが、作務衣を好んで着ているのである。職業は何をしているのかと聞いたら、剣道を教えているらしい。娘のくいなも小さな頃から剣道を嗜み、今では師範代を勤めているという。
「アンタ娘にばっか道場まかせてんじゃないだろうな」
「まさか」
手をひらひらと振って男は笑う。くいなもくすくすと笑って、私だって大学があるしそんな毎日毎日教えているわけじゃないんですよと言う。ちなみに、サッチ自身も中学のころ剣道をしていたことがあるので一度教えてもらった事がある。完膚なきまでに叩きのめされた事は今でも笑い種だ。
「サッチ、また試合してくださいよ」
「えー、俺もうこれ以上凹むの嫌なんだけど」
「格式ばった剣道じゃなかったらきっとサッチは強いと思うけどなぁ」
くいなはおかしそうに笑う。嫁さんは三人がしゃべっている内容を聞きながらもくもくと刺身を食べている。いや、それ一心不乱に食べすぎじゃね、と突っ込みそうになるが辛うじて堪えた。くいながそれに気づいたのか、お母さん私達の分!と叫んで箸をひっつかんでいる。
「ところでサッチ」
「あん?」
厨房に戻ろうとしていた背中に声をかけられる。くいなはにこにこと笑う。今度ここに友達つれてきてもいいかな、大学の飲み会の幹事を任されちゃって。
「あー、構わねぇが、一つ」
「ん?」
「体育会系特有の、救急車が必要な飲みはすんなよ?」
「はぁーい」
肩を竦めるということは、少なからず心当たりがあるのだろう。幹事をする者はえてして後片付けに顔をひきつらせるものだ。それが尋常じゃない飲みであるほど。サッチも何度か介抱する側にまわって辟易したことがあった。泥酔している奴の介抱ほど面倒くさいものはないのである。
とりあえずくいなに苦笑ひとつ投げてやって、厨房に戻る。カウンターではまだエースがガープと何やら言い合っているのがみえた。サンジは何をしているのやら。厨房の奥を覗くと、サッチの作っておいたもつ煮を舐めているのが見えた。作り置きしたパックの使ったあとのそれである。
「……あ、これ蜂の巣か」
「おーまーえーは何をしとんだアホ」
やべ見つかった、という顔をするサンジにとりあえず拳骨を一つ落としてから、お前もくいなあたりにサービスしてこいよ、女性の味方なんだろ、と言ってやると、サンジは目をハートにしてくいなちゃんが来てるのかよ、何でもっと早く言わねぇんだおっさんと叫んでカウンターから飛び出していった。
「…なんだってうちは毎日こんなやかましいんだか」
首をこきこきとならして再び調理に没頭したサッチであった。
閉店間際になってガープ達はやっと帰っていった。今日はじいちゃん家に帰るからなぁ!と目元を赤くした面をでれでれさせながらいうガープの頭をセンゴクが小突いて引きずっていくのを苦笑して見送る。エースががっくりと疲れた様にカウンターに座る。
「随分とお疲れだなおい」
「そりゃな、じじいつってもあの人現役だし」
全く会話になっていないところからして、相当お疲れなのだろうことが見て取れた。とりあえず二人に賄いを食わせるついでに、新しく仕入れた酒の味見会をする。今回は梅酒とぽん酒である。エースが梅酒は甘いのが苦手だといって飲まなかったので、サンジと二人でちびちびと舐めてみる。梅酒独特の香りと甘い芳香、にやりと笑いながら、これはストレートのロックがうまそうだ、と話し合った。
次のぽん酒は辛口だったのでエースもよろこんで飲む。のどごしがさわやかで、この酒ならば燗にしても冷でもいけるだろうなという感想だった。いいものを仕入れた、と喜んで酒を棚にしまおうとして、エースがコップの中の酒をじっと見つめていることに気がつく。
「いや、最近こういうのばっかり飲んでるな、と思ってさ」
どうした、とサンジが先に問いかけたらしい。エースが困ったような笑いを口元に乗せている。それに答えてサンジが笑う。あんたのみにいくといつもラムばっか飲むもんなぁ。ラムときたか。またあんまりないもんを。
こだわりかっ
「いや、あれのが、のみなれてっから」
小さく呟いたエースの言葉は誰にも届かなかった。
[2回]
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