店を閉めて帰る道の途中、近くのコンビニへ寄った。カートンで買い溜めしていた煙草が底を尽きそうである事を思い出したのだ。自動ドアが左右に開いて中へ導くと同時に入店合図のチャイムが鳴る。
「いらっしゃいませぇーい」
頭の左右を斬新にもばっさりとモヒカン刈りにしている女性がバックヤードから姿を見せる。いつもこの時間帯にコンビニに寄るため既に顔なじみだ。よぅ、と片手を上げると女性は片眉を上げて呆れた様に言った。またてめぇの夜のお供でも漁りに来たのかよお前。
「ちっげぇよ今日は煙草」
「あー、エコーだっけ?物好きだよなぁこんなギャンブル煙草吸うなんてさ」
レジ側に入ってごそごそと棚を漁りながらベルメールは笑う。あたしだったらこんな煙草不味くって吸えないなぁ。彼女がカートンを出している間に飲み物の棚からウーロン茶のパックを一つとってそれもレジの前にぽんと置いた。振り向いたベルメールが、お、今日は飲み物かぁ、こりゃ賭けに負けたわと言いながらさっさと会計を済ませていく。
ふとよく見ると弁当が一つレジ袋に入れられている。おいおい俺ぁこんなもん買った覚えはねぇぜと声をかけると彼女は片目を瞑って、おまけだおまけと笑う。俺は貧乏学生か。そう思いながら彼女の向こう側の壁に貼り付けられているポスターをなんとなく眺める。ディープブルーと書いてあるそれは、おおきなシロナガスクジラの姿が踊っていた。
「今日は客の入りはどうだったよサッチ」
「あーんま良くねぇけど、ぼちぼちってとこ?」
はは、ですよねーとか言いながらつり銭を渡してきたのでそれをそのままズボンのポケットに入れるとベルメールがタランティーノ映画の真似事かよ、と指差して笑い出す。別にそんなつもりは無かったのだが、しかし言われて見ると知らず知らずのうちに影響を受けていたりするのかもしれないとも思う。
「あたしの元々の職場にもタランティーノに影響受けてる奴は沢山いたけど、実際にそうやって実演したのはアンタだけだぜサッチ」
爆笑しているベルメールはもともと警察だかなんだかの出だったはずだ。彼女が関わった事件で二人の孤児が発見され、それをベルメールが引き取ったと聞いている。それで警察を辞める必要もなかろうに、しかし子供には親が必要さと言ってベルメールは聞かなかったらしい。
休日とかでたまにショッピングモールで出会うと、もう随分と大きくなった娘二人が彼女の手を引いてきゃっきゃと笑っている姿をみる。っていうか、こいつコンビニの店員なぞしなくても蜜柑農家だろうがと思い当たったサッチはふと聞いた。
「・・・なんでコンビニ店員やってんだお前?」
「まった唐突に聞くねあんたも」
ちょっぴり苦笑するように笑ったベルメールは、農家の方は昼間大きいほうの娘が手伝ってくれてるからいいのさ、と笑う。それに、農家だけではちょっと家計が苦しくてなーと大雑把にいって笑う。
「いや、やぶへびだったわすまん」
「謝るこたないさ、アンタとあたしの間でしょうに」
いや料理屋の店主とコンビニ店員の仲にどういう関係もくそもないと思うのだが。あえてそこは乗る。で、いつかやらせてくれんのおかあさん?
「アンタとやるくらいならゲンさんとやるさね」
「え、それ正直酷くない?」
「まぁそれは冗談として、娘達がいるのにそりゃ無理って話し」
それもそうだ。
ベルメールに別れをつげて外に出ようとしたとき、入れ違いに客が来た。変わった髪形で見覚えがある。ええと、確か同じアパートの奴だったか。しかし相手はこちらのことなど覚えてもいないようで、するりと脇を抜けて書籍のコーナーへと歩いていく。なんとはなしにその背中を見つつ自分は外に出た。
コンビニからアパートまでは徒歩五分だ。レジ袋をくるくる回しながら歩いていると、帰り道沿いにあるラブホテルにするりと車が一台入っていくのが見えた。おぉ、お盛んなこって。と一人ごちる。そういえば自分はご無沙汰だよなぁ、かえって一発抜くか。なんとなくそう決定してさっさと家に向った。
さて帰ってきたはいいものの、やはり気分が向かないので本でも読んで寝るかな、と適当に本棚を漁る。サッチの本棚には様々な種類の本が置いてあるが、マンガもこれまたおおい。バスケットに青春をかける高校生の話やら、宮本武蔵、北斗の拳、ゴルゴももちろん持っているし、いつになったら終わるのかわからない海皇記も持っている。かと思えばまさかの少女マンガもあるところがとてもサッチらしい。
さぁて何よむかねと思ったところに目にとまったのは手塚治虫の火の鳥である。これ結局大地編ってもうみれないのかねぇ、と呟きながら手にとって一緒に座る相手のいない二人がけのぺったんこソファに座る。足を組んでその上にマンガを置いてぱらぱらと捲る。未来と過去、全ての時代に存在する猿田彦。
やがて睡魔が襲ってきて、そのままサッチは眠ってしまった。
夢の中でサッチは、海を泳いでいた。青く光る水面が光を反射しているのだろう、頭上をテラテラと照らしているのがわかる。サッチ自身はぶくぶくと泡を口から出しながら何かを探している。何かを見つけないといけないのだ。見つけないと、失ってしまう。失ってしまうのは嫌だった。
それにしても、美しい青。こんな海なんて、ハワイとかモルディブとか、そういったとこに行かないと見れないんじゃないだろうかというくらいに、美しい。足元を見ると青い色はどんどん濃くなっているのがわかる。底知れぬそれは、やがて闇に変わるのだろうかとサッチはふと考えて、背筋が寒くなるのを感じた。
はやく、みつけないと。
[3回]
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