「食ったぁ~」
大学生なのでよく食うのは知っている。やたらめったらに動き回りたがるのも知っている。だがこの目の前の男はは正直食いすぎじゃなかろうか。自分は普通のランチメニューを頼んだの対して、エースは小皿で数々の種類が盛り合わさったセットを二つ、あっという間に食べきってしまったのである。
今日も今日とてきっとサッチの奢りと信じ込んで食べまくっているに違いない。まぁガキに奢らなきゃいけないなんて法律はないけれど、これだけおいしそうに食ってくれる奴がいるなら料理とて本望だろうし、少しくらい奢ってやってもいいかなと思える。外の風景に目をやりながらサッチは自分も甘いなぁ、と自嘲しながら煙草に小さく火を点す。
と、お腹をさすっていたエースがふとわたわたと尻ポケットからケータイを取り出して相手を見て、慌しく店の外へと走っていく。あれは彼女かねぇ、と口元を吊り上げたサッチはゆったりと海に視線を戻す。
なぜかは知らないが海を見ていると何か、おちつくのだ。海に関係するものをいろいろと調べてみたり、魚関係の料理屋を出す気になったのはそのせいもあるのだろうと思う。魚をさばく瞬間やら、夜にベランダで満点の星空を見上げながら煙草をふかす瞬間はとめどないまったりとした空気に包まれる。
なにかが足りないと、その都度思うのだけど。
「悪い、サボからだった」
「へぇ」
サボってのは俺のガキの頃からの兄弟みたいな奴でさ、と爽やかすぎる笑顔を満開にさせてエースの語り癖が始まった。また始まったか、と思う。弟の事を話すしぐさは毎度お馴染み両手を盛大に使っての長い御話となりはてる。バイトが終わる間際あたりにいつもサンジと雁首そろえて煙草を咥えながら聞くのが最近の日課なのだ。
「今度の夜10時に、空から衛星が降ってくるらしいぜ!」
「…そういやそんな話あったなぁ」
長い期間を経て遠くにある小惑星へと飛んだ探査機が帰って来るというのは近頃再び有名になり始めていた。なんでも、数々のアクシデントと、それを見越した対応装置や偶然などの折り重なりの末に地球まで帰ってきたといううそかほんとかというような話だった気がする。
海を見ながら、サッチはもう一本煙草をつけて、そろそろデザートでも頼むかなぁ、とエースに聞いてみる。ところがエースは顔を少し引き攣らせて、俺実は甘いの苦手なんだよねと困ったように笑った。それを見て激しく感じたのは、違和感。
「・・・?」
エースが心持不思議そうに此方を見てくるが、自分だってこの違和感の正体が何なのか掴めたためしがないのだ。聞かれても困る。なんでもねぇよ、と言うと、エースはしたり顔でこちらを覗き込んで来る。
「さてはサッチ、何か思い煩いでもしてんのか?」
いい年こいて。一言余計すぎる青年にはとりあえず拳骨を一発お見舞いしておく。
エンゲル係数たけぇだろうなこいつの家族、と正直あまりにも悲惨な減り方をした財布をすこし悲しそうに見つめてレストランから駐車場まで歩いていったサッチはまたさっきと同じポーズで海を見ているエースを見つける。
「どんだけ海が好きだよ」
「いやー、ほら、海を見てるとさ懐かしいってか、あの、ほら、なんだ」
「おいおい、懐かしいってお前・・・ロマンチックにも程が・・・ってか何だよ」
「帰って来たー!って気がすんだよ、俺は!」
サッチが何だよと聞くまで物凄く何か言いたげに顔を百面相していたエースは、嬉しそうに言う。帰って来たーねぇ、かえってきたー。帰って。
還りたい。
あれ今俺なんか思い出しそうだったんじゃね、と思って首を傾げる。しかし生まれてこの方どこぞで盛大に頭をぶつけて記憶喪失になったことは一度もない。気のせいかねぇと考え直してそのまま車に乗り込みエンジンをかける。そのまま冗談でエースを放っていこうとするとエースが必死の形相で追いかけてきたので、笑いながらブレーキを踏んで待ってやる。
「いや俺ここで放置されたら正直ヒッチハイクしか帰る方法ねぇし!」
盛大に突っ込みを入れられてそれをはいはいおっさんが悪かったよー、と流す。まだぎゃんぎゃんとエースはいろいろ言っていたが、仕舞いには次はどこいくんだどこに!と目を輝かせていた。
子供かっ
いやまぁ自分から見れば子供のようなものだけど。と自分で自分に突っ込みなおして、あー、次はレシピ探しーと軽く言ってやる。つまり?!と楽しそうに聞いてくるエースに意地の悪い笑みを向けてやる。
「図書館」
「はぁ?」
「ばぁかお前な、そうそう食い歩きできると思うなよ」
アクセルを踏み込んで街道を車を走らせる。水色のマーチは色とりどりの車の中を泳ぐようにすいすいと道を走りぬけていく。やがて道は一つの大きな建物の駐車場に駐車される。
「俺そういえば図書館来るのって初めてだ」
「大学生してるくせにか?」
「最近はネットっちゅう便利なもんがあるもんでね」
「あーそうかい、ったく最近の若い奴ときたら・・・」
「サッチだってまだ若いって言ってる癖に」
さっきいい年こいてと言ったこの口は掌を返したように若いとかなんとかのたまう。よくもまぁ口が減らないものだ。ドアを開いて降りた二人は軽口を叩きあいながら図書館の入り口まですすみ、入る前に三時にここな、と言い合わせてそれぞれ見に行きたい本のところへ歩いていった。サッチは食材や料理に関する書籍コーナー、エースは小説、マンガ、CDなどがおいてあるコーナーへ。
料理関連の本を数冊もって、長机に座ってぺらぺらと捲っていたサッチはふと斜め向かいに誰かが座っている、そんな気がして顔を上げた。しかしそこには誰もいない。おかしいな、と周囲を見渡すがそこには誰もいない。
誰かが側にいた。そんな気がしたのに。
[1回]
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