その日は天気がよかった。日曜だから店をあける必要も無いから、買い物もしたいし、洗濯もしたい。それにあたらしいレシピを考える為に図書館にも行きたい。レストランで珍しい味付けの料理も食べたいし、食材を漁りにいきたい。したいことが山の様にある。
朝から洗濯をしてベランダに吊るし、部屋をざっと見渡していらないゴミはゴミ箱につっこみ、それから車のキーを掴んで車を出した。乗っているのは青というか、水色のマーチだ。なぜ水色にしたかなど聞かれても理由などない。たまたま寄った展示場で、たまたま店頭にあったそれを気に入って、しかも店頭に売っているモデルだと普通よりも安く売ってもらえるのだ。ラッキーとしか言いようが無い。
車を出した先でいの一番に目に入ってしまったものに口元を歪める。黒いくせっ毛にお気に入りの帽子。エースだ。初めてサッチの店に来て以来、ほぼ毎晩のように通いつめてきて、しまいにうちの店でバイトを始めてしまった男だ。
ぱ、ぱーとクラクションを鳴らすと、エースはこちらに気がついたらしく全開の笑顔で車に駆け寄ってくる。乗れと言われる前にドアを開けて乗り込みながら、今日はどこへいくんだと目を輝かしている。別にお前を拾う予定じゃなかったんだけどな、と頭の隅でぼやきつつ、まぁ、食材探しと、レシピ探しと返した。
「レシピ探し?」
「俺のとこ多国籍料理だろ?」
だから新しいレシピとか探しとかないといい加減マンネリなんだよ。そういうと、そんなもんかぁ、とエースはふむふむとうなずきながら窓の外を見ている。煙草を咥えて火をつけようとするとエースがおもむろに指先を差し出しかけて、あ、そうだと言いながら手を引っ込めた。
「?」
「いや、なんでもない」
少し残念そうな、困った笑顔を貼り付けてエースは手を振った。しかしその仕草にどこか懐かしいものを感じて、でも見慣れない仕草で顔を傾げたサッチだったが、まぁいいかと煙草に火を点す。慣れきった味と香りが開け放った窓からの風で中に一瞬溜り、それから吹き抜けていく。
緩やかに進んでいた道は、信号によって遮られた。ふいに落ちる沈黙を破って、子供達が歓声を上げながら横断歩道を渡っていく。ガキは元気だなぁ、と目元を緩めていると。
「なぁサッチ」
ふとエースが呟く。どうした、と言葉だけで返す。信号が赤から青に変わったのでアクセルを踏み込みながら同時に煙草を吸い込む。臭いはきついがやはり旨い。当たり外れがあるこの煙草はサッチのお気に入りである。
「なんでこのマーチ、水色なの」
「・・・なんでかなぁ・・・」
たまたま行った店でそれが目に入って、しかもお手ごろ価格で展示品割引ってやつ?灰を灰皿に落としながらサッチは笑う。時間帯はもうすぐ昼だ。ならば先に目をつけていたレストランに入るのも悪くない。ウィンカーを出して、ハンドルを切りながらサッチはちらりとエース側の巻き込み確認をする。
その時エースは笑っていた。遠くを見て、何かを懐かしむように笑っていた。
目的のレストランはなかなかの込み具合で、まぁ仕方ないかと思いながら煙草をふかして待つ。海沿いにあるレストランなので潮の臭いが濃い。エースが海だー、と叫んでいるのを見やってまだまだガキだなぁと思いながら吸い終えた一本目を携帯灰皿に落とし込み、エースに近づく。
「海がすきなのか?」
「好きだぜ、当然だ!」
だって、俺等は皆海の子だろ!そう言って笑う顔。青い海。青い空。何かが、何かが迫っていたことに気がつくまでには、後一歩足りなかった。丁度背後で名を呼ばれたのである。ポートガスさーんと。
「ポートガス?」
「あー、いや、俺が使ってたハンドルネームってか、さ!」
たははと笑うエースに、まぁどうでもいっかと店員の方へ歩いていく。通されたのは運のいいことに海の展望がよい場所。海の子という言葉がまだ心のどこかに引っかかっていることは否めない。どこかで聞いたことがある、でも思い出すことはできない。何処で聞いたのだろう。一体、どこで。
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