ぱし、ぱし、とショートする音が耳に五月蝿い。ナンバーズ中最強と謳われている自分がこのような失態を犯した事に思わず恥を感じる。おそらく帰れば仲間達の心配と叱責を一身に受けることになるだろうことは分かりきっていた。
左手に持った右手のパーツを無表情に見下ろして、はて困ったな、と呟いた。一番怒るのはエアーだろう。一番心配するのはウッドだろう。そしてその両方を一度にない交ぜにしてしまうのがフラッシュだろう。
いつものあの厭味ったらしい顔を歪ませているのを想像するだけで恥ではない別の何かが背筋に駆け上る。さあ次はどうやってアイツをイジメテアゲヨウカ。そればかりがプログラムにたゆたう意識を埋めつくしていく。
ラボにはゆかず、直接目的地へ向う。思ったとおり、標的はコントロールルームでネット上に広がる情報を駆使してラボの攻勢防壁を再構成していた。カタカタとキーボードを弾く音。奴は本気をだせばその手の指が幾本もの指に別れて作業をこなす事ができる。今まさに奴はそれを行っていて此方には全く気付いていないだろう。
はやく、はやく、はやく。もう、がまんができぬ。
音もなく近づいて、眼前に広がる1と0の情報に延々と目を通し続ける顔を掴んでねじり上げた。
「な…?!」
かみつかんばかりに口付ける。口腔内のオイルがぬるり、と、踊るのがわかる。驚きと抗議をすべて押さえ込んだ口で相手に呼吸すら許さずに貪り続ける。オイル同士が混ざり合い、微かな音を立て始める。標的の手は休むことを知らずにうごめいていたが、やがて諦めたように一度保存をしてもとの形に戻った。
そして存外早くに限界だ放せとこちらを押し返してくる手の感触を感じた。それが癪にさわった。こんなもやもやしたどす黒いものの名をクイックは知らない。なんだこの気持ち悪いものは、なんだこの不快なものは。
さっさとこんな情報なぞ相手に並列化してしまえ、と耳元からプラグコード端子を引き出して標的の左耳にあたる場所に突き刺した。ん゛っ?!とくぐもった音が聞こえたがそんな事は気にしない、否、構っていられない。
『テメッ、何を…!!』
『黙って並列化されろ』
『…ッガァッ』
『相変わらずいい声で啼く…』
『…クソがっ』
標的の目じりに涙のようなものが浮かぶ。目元が赤くなるようなソフトなど入れただろうか、とクイックは不思議に思った。やっとのことで放した口元からは互いの口腔内オイルの混じったものがつ、と橋を作る。それを乱暴に拭いながら標的は呟いた。変態みたいに興奮してんじゃねぇ、クソが。
「ならば貴様も同じはずだな」
「あぁそうだ、テメェのクソみたいな情報を並列化させられたからな!」
ふい、と顔を背けながらくっそさっさとメンテ行けよ、と吐き捨てる。その顔を見ながら男はまた一つ違うものに火が灯ったのを内心で知った。
「すまない」
「謝るくれぇならさっさとメンテ行けっつんだ…よ…?!」
喋りながら何かの異変を感じ取ったのか此方の様子を伺ってくる。男は溜息のようなものを吐きながら肩にかけていた左手にぐ、と力を入れて、一言言い放つ。
「少しの我慢だ」
「なっ?!」
その後、余りに帰りがおそい弟の様子を見に来たバブルによって二人は発見される。ただし片方は腕が転がっていて、もう片方は強制スタンバイ状態になっていた。
エアーとメタルの二人に、クイックはまるまる一日叱られ続けたという。
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