戦いの終わりは、何時だって次の物語の序章にすぎないのである。
センチメンタルエゴイスト 第一章 戦終わって日が暮れて
01
美しい夜。木々が揺らめき、平和を乱す戦いが始まったばかりのこの聖域。
既に五人の青銅聖闘士の少年達は巨蟹宮を突破していた。
教皇宮を除いて十二ある宮のうち、上から三つほど下るところにある磨羯宮。
黄金の聖衣を着た者と対峙する聖闘士がいた。主と配下と言うわけではなく、
だがしかし位の差は歴然とした二人である。
その位の低い方の聖闘士の名は、南十字座のリタと言った。
Overture
「なぜ、こんな愚かな戦いを続ける。デスが、デスが死んでしまったんだぞ」
「知っている」
「ならどうして、お前は此処を守り続ける。女神が帰ってきたというのに。聖戦
が始まろうとしている、今まさにこの時に!! 」
「貴様には話したはずだったが……、理解していなかったのか」
冷たい眼で仮面を被る聖闘士を見やる黄金色の鎧を身に纏う男。磨羯宮を
守護する、山羊座のシュラといった。この男を含む年中の三人はこの宮を守
ることになど興味がなく、ただこの地が平和であることが望みであった。
なのに、なぜ。
「俺達の正義は力。何が正しいか、何が間違っているかなどというのは論外だ。
正義は力によってのみ贖われるもの」
「そんなことで…! そんなもののせいで、デスが死んだんだろう?! 」
「…貴様に話すことなど無い。……こい」
白いマントを翻らせ、男は戦闘態勢に入る。無駄なく鍛えられた身体はその
四肢にいかなる物をも切り裂く聖剣と呼ばれる業を宿している。この黄金とい
う地位に立つ彼らに、白銀の地位の者が敵うはずがなかった。
それでもリタは激昂に震えていた肩をむりやり抑え、恐れを押し殺しながら
男に言い放つ。その言葉は、水瓶座もかくやというほどの冷たさを誇っていた。
「……ならば仕方ない。山羊座のシュラ、お命頂戴する」
二人の間に小宇宙によって風が巻き起こる。靡くリタの長い髪。シュラの白
いマント。空気は緊張にはち切れんばかりに張り詰めていた。
どこから入ってきたのか、小さな花びらがひらり、と二人の間に舞い落ちる。
だん、と地を蹴ったのは南十字座。右腕に込められた小宇宙を目の前の男
に叩きつけようと腕を振りかぶった。だがそれを簡単に許すはずもない男は、
ひょいと彼女からみて左斜め前に一歩踏み出しモーションもなく女の腹を蹴り
を放つ。ただ、いつものような斬撃は生じなかった。
勢いでリタは吹っ飛び、隣の部屋に繋がる扉をぶち抜きながらも体勢を立て
直した。地について衝撃を殺していた掌が摩擦で熱い。先ほどの衝撃で仮面
は既に役割を果たさなくなっている。
口の中が切れたのだろうか、ピッと血泡を拭いながら堂室に踏み込んでくる男
を睨みつけた。男は女に向かい静かに言う。
「……命を頂戴すると言っておきながら、そのざまはなんだ」
「……」
「本気を出せ。でなくばこの命、くれてやるわけにはいかんな」
「…じゃ、あの世でデスに伝えろ。貴様等が後生大事に守ってきた体制は今日で
御仕舞いだ、ってな!」
リタを取り巻く小宇宙が急激に増幅していく。そして割れた仮面の残りをべりっと
はずしてニタリと笑んだ女は怒鳴った。
「てめぇも手ぇ抜いてんじゃねぇよ、シュラ!! 甘く見ていたのは貴様も同じだ!」
スッと彼女の姿が消える。シュラにも目で追えない速さ。これは。――光速か!!
黄金の地位を持つものでなければほぼ出せないであろうスピードを、あの女は
いつの間にか身につけていた。ゾッとすると同時に嬉しさがこみ上げる。楽しん
でいるのだ。
ニィッと笑んだ様はまるで鬼人。男の小宇宙もどんどん増幅してゆく。両腕両足
に込められていく小宇宙。切れぬものは無い聖剣。ふと振り向いてその右脚で脚
刀を繰り出すと、その場所にちょうど現れた女は同じように己の技をぶつけてきた。
力が拮抗し、どん、と弾かれる。
壁に着地して態勢を整えたリタ、次いで技をしかけようとしたその時に、
それは起こった。
突如発生した凍気。気付いて振りむいた瞬間に女は氷の棺の中であった。それを
たいして驚くことでないような顔をして見つめる山羊座。
「よかったのか、シュラ」
「カミュ……」
「私は私の仕事をしただけだ。貴方の気持ちは彼女には伝わらないままになってし
まう」
「わかっている」
「それでも構わぬと仰るのか」
「俺はもう決めた」
ならば止めはしない。そう呟いて赤い髪の男は、静かに宮を去っていった。
後に残された男は氷の棺に入った女を見上げて微かに笑み、そしてマントを翻して
宮を出て行く。
こいつには、全てを見届けなければならない宿命を科してしまうが構わないだろう。
強い女だから。
そして、男が女の顔を振り返ることはもう、なかった。
愛せ、嘆け、悲しめ、憎め、笑え。
この地は聖闘士達の歴史が刻まれる場所也。
誰にも犯されることは罷りならぬ。
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