運が悪かったのか。スーパーの出入り口でざあざあと止む事のない雨を見つめ、立ち尽くしながら考える。思えば今日は朝から最悪だった。もう外で飲むのは金とられちゃうしなんかいろいろあるしやめとこうと思って自分の部屋で飲んでいた。途中で眠くなってベッドにもぐりこんだのはまだいいとして。
起き抜けに蓋を閉めてない酒瓶をひっくり返して中身が全部下に敷いていたラグマットに盛大にこぼれるわ、しかもそのラグマットは洗濯できる奴でないわ、慌てた拍子に煙草のかすが山積みになっていた灰皿もひっくりかえすわ、本当に災難の連続だった。そこにきてこの雨とか。マジで勘弁してくれ。
引き返して中で傘を買えばいいのかもしれないが、あいにく部屋にはコンビニで買った傘が山の様にある。しかも山ほど。これ以上増やしてたまるかとなるべく買わないようにしていたのだ。丁度その時に限ってこれである。ほんともう、何なの、今日は厄日?
少し苛々しながら屋根が続いているところにある喫煙コーナーのベンチにどっかりと腰掛けて煙草をとりだそうとしてそれすら部屋においてきたことをしると思わず舌打ちも出てくるというものである。ああいやだ、と頭を掻き毟ってサッチは立ち上がった。袋がこれでやぶけて中身がぶちまけられたらもう、完全にやるきを無くす。もういやだ。帰ってベッドにもぐりこみたい。
完全に気分は急降下で、傍目から見たら完全にその筋の人が切れているとしか思えぬ目つきの悪さで雨を見つめる。夕立だったらいいな、っていうか夕立であってくださいほんと、こっちは洗濯物増やしたくねぇんだ、と内心で祈り続ける。それを聞き届けてくれる神さまがいるなら速攻すがりつくってば、いやほんと。
そんな様子のサッチに喫煙コーナーまで煙草を吸いに来たおっさん達はそそくさと隅によって煙草に火をつけ始める。タバコもないのにここにいてもしかたないよなと思い当たってサッチもそこから離れた。買い物が終わった後で雨に降られるほどどうしようもないことはない。
「あーもういっか」
雨がまだ降りしきっている中にサッチは足を踏み出した。
踏み出したときはまだ結構な雨量だったが、家につくまでにはなんとか小雨になってきた。しかし完全に服はずぶ濡れである。ズボンは足にびっちょびっちょとはりつき、つっかけも水を吸って歩くたびにぐっしょぐっしょと音を立てる。だんだん楽しくなってきて、雨脚がまた強くなってきた中、買い物袋を振り回しながら歩く。
そういえば雨の中両手を広げて空を見上げる映画があったな、と思い出して周囲をちらりと見渡す。誰も通行人はいないな、と確認してから雨に打たれながら空を見上げ、両手を広げてみた。あれ、意外と気分がいいかもしれないと思ったのは内緒である。
その時である。ほんとに厄日かと自身の行動を呪ったのは。
「・・・何してんのサッチ」
聞きなれた声がすぐ側から聞こえてきたのである。うわぁタイミング最悪じゃないかと思いながら視線をそちらにやると、傘をさしたそばかすの青年がきょとんとした顔でこちらを見ていた。片手にはお菓子が山ほど入った袋を提げている。
「…」
「…」
雨音以外が聞こえないほどの沈黙。否、近くの通りを車が走り抜ける音がした。目をぱちくりとしていたエースはやがてにたにたと笑いながら、ほら、つまみ買ってきたから飲もうよと手提げ袋を掲げる。思わず苦笑しながら、俺昨日飲んでた酒ひっくり返しちゃったんだよと言うと、えー、という不服そうな声。
「いい酒って言ってたのに!」
「起き抜けに足引っ掛けてそれでおしまい」
「ひでぇ!」
じゃあコンビニでビール買おうよビール!と丁度百メートル先に見えるコンビニを指差す。ってかあそこベルメールがいるじゃん、絶対指差して笑われる、と口元を引き攣らせながらサッチは頷く。笑われたら笑われただ。構いやしない。そして先に立って歩き出したエースにせめて俺を入れなさいクソガキと言いながら傘の下にもぐりこんだ。
「えー、だってそこまでぬれてたら傘もくそもないじゃん」
「・・・」
ですよねー。
苦笑しながらも傘を抜けようとしなかった。ちょっと狭い!といわれても聞こえない振りである。むしろエースだってぬれればいいと思いながらにやにやと笑ってやる。あーもうっ!とエースはコンビニが目前なのに傘を閉じた。
「楽しそうすぎてずるい!」
「え、どういうことだそれ」
「サッチばっかずるい!」
意味がわからん。まったく最近のガキときたら。首を傾げるが、エースはそのまま雨の中ずんずんとコンビニまで行って、その扉脇にある傘たてに傘をつっこんで中へと入っていく。後からついていけば、案の定たな卸しをしていたベルメールの目に留まって指を差して笑われた。
「馬鹿が馬鹿になるぜサッチ」
「余計なお世話ですーだ」
肩を竦めながら酒瓶の並ぶ棚まで歩いていくと、背後からタオルを投げられる。せめて拭いてけよ、ここは寒いから、と見せてくれる優しさに笑顔を返してやると、そんな顔は大事な人にしてやんなと返された。
「だから言ってるだろ、そんなのいねぇって」
「ん?こないだ一緒に酒買いに来てたパイナップルみたいな頭の人は?」
「あれが女に見えるのかそうかそうか眼科はすぐ向かいだぜ?」
ばーか友達じゃねぇのかって聞いてるんだとベルメールは笑った。友達っつっても、まだ会ったばかりな上に喋った回数もそんなないんですけど、と突っ込むと、友達ってのは会った回数が少なくてもなれるもんだろ何を今更と肩を叩かれた。ちなみにTシャツは雨にぬれて張り付いている。
ふと隣を見たら、酒瓶を片手にこちらを凝視している青年の視線とぶつかった。
「?」
「ねぇ、今パイナップルみたいな頭って言った?」
「あーあれはパイナップルに似てるんだよな、ほんとに何かに似てるとは思ってたけど」
「その人、名前は」
「お前、やたら興味もつな・・・マルコって言ったかな」
その瞬間のエースの顔は、何とも言えない表情だった。本当に嬉しそうでいて、どこか悲しそうなそれであった。思わずサッチが眉間に皺を寄せてエースの名を呼びながら眼前で手を振るくらいに。
「いや、そっか…そっか」
酒を見直すその手は微かに、震えていた。手つきが危なっかしいのでそれをとりあげて持っていた籠にほうりこむ。そしてビールの棚に歩いていって、青麦を数缶手にとって籠に入れる。そのままレジまで歩いていってついでに煙草も一箱購入した。
「あ、金」
「年上に奢らせときなさいって」
「あらサッチ、かぁっこいい」
「うるせ」
口元に手を当てて笑ったベルメールはビールや黒霧島を袋に入れた。ついでにおまけとばかりにするめいかも一つ。これ期限きれてるから、でも食べても大丈夫っしょ、と。どうにも彼女はサッチを期限切れの食品を処分する豚にしか見えていないようである。
コンビニを出てみると、やはり夕立だったのか雨はあがっていた。道路のそこかしこにある水溜りをびっしゃびっしゃと跳ね上げて歩くサッチを見て、エースはガキみてぇと笑う。身体は大人、中身は子供ですからとおどけると、ぶははと笑い声がかえってきた。
部屋に戻る途中の一室を指差してエースに示す。
「?」
「さっきいってたパイナップル野朗の部屋」
「まじで?!」
あ、と思ったときにはもう遅く。ぴんぽーんとチャイムを鳴らすアホの姿。あぁこの青年は何と言うか、アホの類と言っても構わないのではないだろうか。いやそうに違いない。しかしあの男はそう毎日部屋にいるとは限らないのだから気にすることもないかと思ったところで戸があいた。
「マルコさんですよね!」
「…そうだが」
「エース、マルコ」
肩を落としてサッチが自分の扉のボタンを押しながら言った。今から酒飲むけど来ますかマルコさーん。なんでこんなときに限っておうちにいらっしゃうのかこのド阿呆といった口調である。相手も相手で遠慮すりゃいいのに笑顔でじゃあお邪魔するよいと返していらっしゃる。俺の部屋今酒こぼしてくさいですよーと言ってやると、ならうちで飲むかとそのままエースを招き入れる。
「…」
「…なんだよい」
「前から思ってたんだけどさぁ」
お前、簡単に人を家にいれすぎじゃね。そう向き直って言ってやると、相手は首を傾げてそうかねいと呟く。いやそうだろと思わず手で突っ込みをしてしまうが、マルコはといえばまぁお前も来たらいいよい、その前に着替えてこいよいと言った。
言われるがままに着替えに部屋に入るとなぜかマルコもついてくる。いやおまえはエースの相手してろよそこは。突っ込むと、マルコは一応言ってきたと返事をくれながら冷蔵庫を開けている。いや何してんの。
「・・・つまみあさり?」
「俺家では料理ほとんどしねぇから」
えーと口を尖らせるその姿は、本当に同じ年齢のおっさんだろうか。もう本当にどいつもこいつも。頭をがしがしと掻きながら、じゃあそっちで料理させろよ、それなりに調味料はあんだろと言葉を吐いた。その顔に笑顔になったマルコがさりげなくサッチの買い物袋を奪って先に出て行く。その頃にはズボンもTシャツも脱いでいたので軽くストリップショーだったのだがまぁそこは男同士、何も気にすることは無い。
まとめて洗濯機に放り込んでスイッチを押して洗剤を放り込むと、手近にあったTシャツとズボンを履いてマルコの部屋へと向かった。
[3回]
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