茜村に一人の男がいた。名をチョウキチといい、日々を長閑に暮ら
している。ただ一つ、野伏せりについて問題を抱えるほかは、本当に
幸せな暮らしをしていると自負はできるのだ。
彼は他の村民と違って、米を作らずに野菜を栽培している。その事
で疎まれるかと思えば、逆に村民からは態々自分達が田を潰して畑に
せんでも、お前さんと交換できるのだからありがたいと言われていた。
初めは余所者が来たと随分冷たく当たられたものだったが、彼は誠
心誠意一生懸命畑仕事をした。米をつくらねなんどなにごとだか、お
前さんは死にたいのかねと散々笑われたが、今は彼の野菜に頼りきっ
ている為人の事はいえないのだ。
彼は、チョウキチはこの茜村の人間ではなかった。それが今も彼
を苦しめる。ハナッからここで生まれて生活できたらどんなに良かっ
たろう、と思うのだ。
今日も一日の仕事を終えて肉刺だらけの手を見て僅かに微笑む。こ
れがいつか分厚い皮になり、そしてやがては村の人たちのような表情
豊かな手になるのだ。やっと自分は人たりえる生活を手にした。
もう戻りたくは無い。あんな、陰間宿になど。
何年も前にアヤマロに足抜けさせてもらったアイツはどうしただろ
うかと、今も気になっている。アイツは今やウキョウという名を名乗
り新しい生を謳歌していると聞いた。
アイツにはアイツの、俺には俺の幸せがある。でも、いつ宿からの
追っ手に見つかるかと思い、彼は日々をおっかなびっくりで過ごして
いるのも嘘ではなかった。ただ肉刺だらけの手を見て、野菜を作って
すごす今の幸せを手放したくないだけなのである。
さぁ、今日は野伏せりが米を取りにやってくる。余分に作っておい
た米などを床下に隠して、一生懸命頭を下げれば何事も起きない。隣
の神無村など娘を取られたというではないか。そのようなことが無か
ったこの村は幸運だ、と改めて考えながら、チョウキチはまた鍬を握
る。
神無村は米の様子をみに度々やってくる野伏せりに怯えていた。サ
ムライを雇う為に水分りの巫女とその妹、付き人に一人を送り出した
ことに後ろめたさも感じていたのか、それがバレたのではないかと恐
れる事も度々あった。
マンゾウなどは己の娘が可愛いし、野伏せりが恐ろしいし、かとい
ってこれから雇うはずのサムライだって頼りになるか分からないしで、
いつもおどおどしている始末である。
彼が後ろ向きになることを、誰も怒ったりしない。皆同じで命が大
切だし野伏せりが怖い。でも米や女子供を取られるのにももう我慢の
限界でもあった。
ギサクは己が間違っていたとは思わない。戦が終わって十年と言う
もの、自分達農民は野伏せりからの搾取という理不尽な事態に耐え忍
んできた。女子供を攫われても、己が命を大切とばかりに汗水垂らし
て作った米を差し出してきたのだ。
リキチの表情が思いつめたまでに険しくなっていた事を思い出す。
あの者は己に恥じているのだろう。妻を守ることすら出来ずに米まで
取られ続けてきた。奪われるのはこれ以上はもう、己の命以外にはな
い。だからこそあの二人の共を買って出たのだ。
どうか彼の、村の皆の苦しみがサムライによって終わることを。そ
う願わずにはおれない村の長であった。
舞う!
洞窟は暗く、湿った空気を漂わせる。静かに舟を走らせていたカン
ベエ達一行はやがて虹雅渓と式杜人の協定地区境にいた。不気味な空
間だというのにコマチは頗る元気である。死んでしまったと思ってい
たキクチヨが無事でいて、尚且つもう一度会うことが出来たのだから
その嬉しさは一入なのだろう。
キクチヨは自分の事をサムライであると言って聞かない。彼がサム
ライであると言い張るには何やら意固地なところが伺われるのだが、
カンベエ達が細かい事を突っ込んで聞こうとしないのがその謎を解明
できずにいる理由である。
シチロージは洞窟の天井にぶら下がる数多の式杜人を見て思わずぞ
っとしないでげすね、と呟いた。彼らの着ている服は嘗ての耐圧耐熱
防護服である事からして大戦の時代を生き抜いたサムライ崩れである
事は想像に難くない。
ふと、弥助が調理場で喋っていたある行商人の話を思い出した。ス
リにあった彼を助けてくれて、犯人をとても行商人とは思えないほど
の手さばきで捻り上げていたと。
請われて蛍屋に連れてきたんですけど、一度シチロージさんも会っ
てみたらいいでげすよ。きっとなにか武術を収められた方なんだと思
いますし。目をきらきらさせて弥助は言った。
(どんなお人だったんだろうねぇ…ま、ユキノが寝てるって言ってた
から仕方ねぇけど)
舟の船頭役をかってでて、小さくなっていくユキノをずっと見つめ
ていた。その手には行商人から貰ったという銀の瓢箪のかざりが付い
た簪。まるで己を指差して作られたようなそれを、彼女は握り締めて
泣いていた。
もう会えぬかもしれない。だが、己は不思議と悲しくはなかった。
もう一度合戦の地に立てると思うと心が震えたのだ。
サムライは、いつにあってもサムライなのだと思い知らされたのだ。
一方シズクである。五日間お座敷に上がり続けた。歌を唄い三味線
を奏で、客としてくる者達を癒すことに専念する。癒すつもりは毛頭
ないけれど、客が勝手に癒されていると言った方が正しいか。
「っあーぁ、今日も沢山弾いたなぁ…」
「お疲れ様です、シズクさん」
「いやなに、こちとら屋根を借りてる身。これくらいは恩返しなんだ
から礼にはおよばねぇや」
シズクはユキノの客扱いをされてしまっているので少々申し訳なさ
気である。今日はその最後の日。せめて女将とともに夕餉をお食べに
なってくださいと弥助に懇願された。
使用人みたいなものだから、とあくまでも板の間で食事を取ってい
たのに今日はお座敷。なんとなく居心地が悪いようなそうでもないよ
うな。
ユキノは熱燗の二合徳利を数本持って待ち構えていた。失礼します
と遠慮がちに据えられた自分の膳の前に座ると、ユキノがすかさずま
ぁ一つお飲みなさいな、と徳利と猪口を差し出した。
こりゃ逃げられないな、観念して猪口をもらい、徳利からなみなみ
と流れ出す酒を見つめていた。水の流れ。あの地下水路は何処につな
がっているのだろうか。
「本当に今まで五日間、ありがとうござんした」
「貴女もお疲れ様ね、シズクさん」
「自分の我儘に付き合ってくださいまして申し訳ない」
じゃあ自分からも、とユキノに一杯注ぐ。ニコリとシズクに笑いか
けながら洗練された動きで猪口を口元に持っていく。ちなみに現在シ
ズクはさっさと旅衣装に戻ってしまっている。仕事上がりはいつもこ
の衣装と決めていた故である。
そろそろマロの手先も見かけなくなりましたね。そういえば、塀の
見張りからくりが壊されていたそうよ。あのお侍達がやったんですか
ね、つくづくあの馬鹿息子がやることはいちいちうざったい。
ウキョウへの愚痴から始まり、世間話を通過し、なぜユキノは一人
でこの店をやっているのかを聞きながら酒はすすむ。だいぶ酔いがま
わったなぁ、と身体が火照りだしたシズクは冷静に己を見つめた。
ユキノがそこへ、真剣な顔をしながら言葉を投げかける。
「シズクさん」
「……何ぞ私に聞きたいことがお有りですか、女将」
鋭い人だ、と感心するのは今に始まった事ではない。いつもお座敷
に上がって客の相手をすれば、おちゃらけたような言葉の切り替えし
をしつつも酒を飲ませ、相手をじわりじわりと追い詰める様は中々見
ごたえがあった。
いやなお客は見事に叩き出してくれる地方、と廓内では有名になっ
たのをシズクは嫌がっていた。だがこの仕事はいつも誰かがやってい
たわけではなく、流れ着いたモモタロウと止まり木に使ったシズクと
が、言い合わせたわけではないだろうに見事に仕事を引き継いでいた。
「その左手の花、は」
「これですか。仲間内で彫った奴でしてね」
酔いのおかげで随分警戒心が薄れている、というのは自分でも分か
った。でも己を律するのは難しい。口はペラペラと喋ってくれる。
これを彫った仲間を六花の友なんて言ってましたね。いい奴等だっ
たけど、今は生きてるかどうかも分からない。ただこの印を持ち続け
るのみでさぁ。私は六花だ、ってね。
「……では貴女も、お侍なのね」
「……も? 」
ユキノはキッと顔を上げてシズクを見据えた。六花の刺青。それを
見たことがある、そう言い放った彼女の瞳は揺れていた。艶やかな肌
を上気させて、ユキノは目を見張るシズクにそのまま喋り続ける。
「五年前、わたしは一つの桃を拾ったの」
「桃…ですか」
「桃と言っても、冬眠装置だったけれど」
僅かに目を伏せるようにして、彼女はシズクから目を逸らしながら
話を続ける。そこから出てきた人も、左手にその印があったわ。沈黙
を以って話を促すシズクはひたりとユキノを見ている。その目にはさ
っきまでの酔狂な女商人の気だるい光はなく、探るような色をもった
ものが宿っている。
それに気付けたのはこの間まで同じような光をもった者と暮らして
いたからであろう。あぁ、だからこの人たちは何もかも似ていたのだ。
そのおどけた口調や優しい目、義を通すその様ですら。
「その人は、ついこの間までここにいたの」
「五日前に逃した一行について行ったんですか」
「…知っていたのかい」
サムライ狩りがここまで来たとしって一応押し入れに隠れていたん
ですけどね、いざとなりゃ何とでもなりますし、一応あの木箱に獲物
も入っているし。で、どうするかなと考えていたら押入れの板に隙間
がありまして。貴女の声が聞こえたんですよ、ユキノさん。
「そこにつけいって、うちらのとこに居続けたのね」
「いやはや、面目ない限りです」
「聞いていた通り、貴女らしいわ」
「…聞いていた? 」
皿に美しく盛られた鱧に梅肉をつけながら上目遣いにユキノを見や
る。この人は何を聞いたのだろう。その前に、そのサムライについて
聞くのを忘れている。まぁいいか、どうせ私はサムライを捨てたいと
思いながらも捨てられずにいる人間だ。今更仲間を探し…あ。
ゴロさんの誘いを断ったのって、たしかそれ故だった気がするんだ
けれど。もしどこかで出会っちまったら何ていいわけすっかな。ウキ
ョウのところに連行されたの、きっと知らないだろうし。
鱧の湯引きを口に運び、梅の味と香りを楽しみながらふと、梅の香
がする男を思い出していた。脳裏にちらつく褐色の長い髪、白い耳飾、
白く光るあの刀。あぁ、六花の仲間に会った事があると聞いてこんな
にも動揺するのか。まだまだ私も青い。
そして、寂しがりなのは変わっていない。
心内で苦笑していると、ユキノはやや困ったように笑って昔、大戦
の時代にシズクがしでかした事の一つを語った。誰も知らないはずの、
将軍の部屋の刺繍の話。一緒にやったのは三つ髷の男で、それの後日
談を口を軽く吊り上げながら語ってくれたのは、長い髪を翻して空中
を機械のサムライや戦艦、斬艦刀を飛び移りながら戦った男だった。
「あの人に聞いていたの。いつも思い出話を聞かせてくれて、その中
に一際よく出てきたのが貴女。懐かしいって顔で笑っていたのよ」
「……あたしの事を、余計な事までよく知っているのは二人しかいな
い」
「えぇ」
「…シチロージが、ここにいたんだな」
「あい」
がたん、と音と共に眼前にシズクがいるのがとても不思議だった。
その目は微かに嬉しそうだ。
「そうですか。じゃあアイツ、野伏せり斬りについていったんですね」
「あい。マロの息子が来てあっという間に去ってしまった」
答える彼女は幾分か悲しそうだ。袂には瓢箪の簪が見えた。あたし
がお付けいたしやしょう、言いながら後ろに回り、沢山さんついてい
たユキノの簪の一つを抜く。ユキノの眼から再び涙が毀れた。
新しい簪を挿しながら、シズクは陽気に言った。
「…ユキノさん。モモタロウは沢山宝物を持ってくるんですぜ、きっ
と帰ってきまさぁな。アイツは強い。だから気を落としなさんな」
「…ありがとう」
それから二人は酒を酌み交わし、静かに夜を過ごしていた。月が傾
き、夜は更けていく。
「我慢しろよ」
言葉と共に大腿から抜いた矢の傷は、カツシロウを苦しめた。腿に
は動脈が走っている為傷ができると、その出血は酷いものになる。故
に休んでいるこの村人の小屋でも何度も流れ出る血を拭うことが必要
だ。少しずつ収まってきているが、微熱がとれない。
傷の手当はゴロベエよりもシズクのほうが上手かった事を思い出し
た。一座でいつも殺陣をしたり矢を使ったりしていたものだから、一
日が終わる頃には皆ボロボロになることも少なくなかった為、ある日
を境にシズクがそろそろ興行も終わるだろうという頃合いに現れ、傷
の手当てをしてくれたものだ。
何度ゴロベエは頬にできる傷を消毒されたか知れない。呆れた顔が
うかび、あ奴も上手く逃げ出せたかのぅと思う。
天井には未だずっと監視の為かぶら下がる数多の式杜人。頭に血が
上らないのかとてつもなく心配だが、彼らとてその点はなんとかなっ
ているのだろう。
カツシロウをキララたちにまかせて己は裏手に出た。刀を持ち、ヒ
ュン、と鞘走らせると銀色が鈍く光る。ゴロベエはシズクとの殺陣を
思い出し、その眼を細めて形を舞う。
昔剣の師にならったその形は、ところどころ忘れかかっていたが刀
を手にゆっくり舞い勧めてゆくと霧が次第に晴れるように記憶が戻っ
てくる。流れるような軌道を描いて、やがて鯉口に刃は納まる。
「剣舞ですかぃ」
声を掛けたのは出会ってまだ三日もたたぬシチロージという男。や
や眉尻の下がる垂れ眼の優男であり、ゴロベエたちがそこへ向うまで
は太鼓持ちをやっていた。しかしその実力は計り知れない。カンベエ
と共に敵軍へ突っ込み、そして現在こうして生き残っているのだから。
「実は某、芸の一座に席を置いていてな。そこへよく遊びに来た奴と
殺陣をして遊んでおったのだ」
「へぇ、それは面白い。あたしの槍でも見世物くらいには使えたでし
ょうか」
「きっと歴代のなかでも飛びぬけておひねりが貰えた筈だぞ」
そりゃ、もったいない事をしました。私はずっとあそこで太鼓持ち
の真似事をやっておりましたでげすからねぇ。額をピシャリと叩いて
その青い眼を細める。それにつられてこちらも微笑み返し、茸が大量
発生している洞窟の壁を見やる。
「…それにしても、あの茸の汁はいったい何でできているのやら」
「米を原料にしているくらいです。きっと米から作る酒のようなもの
ではないかと」
「なるほど、それならばヘイハチ殿とて試したがっておろうな…。ま
ぁ、そこまでゲテモノ趣味ではなかろうが」
「いくらなんでもヘイさんだってそれは無理だと思いますよ」
そうだな、一頻り笑いあってからふと思いつく。この男もまた、シ
ズクを知っているのだろうか、と。
「時に御主、シズクという女人のサムライをご存知か」
「シズク……実際に会わないと分かりかねますけど、シズクという名
の戦友はおりましたよ」
「御主が知るシズク殿は、左ぎっちょ(※)ではなかったか」
はて、と首を傾げるシチロージに、ゴロベエはふと思う。五年も冬
眠装置に入っていたのだ、記憶の断片が飛ぶこととてあろう。その月
日は短いようでものすごく長い。
シチロージは、独り言を言った。そういえば箸や鋏などは右で使っ
てましたけど、刀や弓矢は左をよく利き手で使っていましたねぇ…。
「まぁ、縁があれば会うことになりましょう。もしシズクなのであれ
ばいつかは会うことになる」
「そなたもカンベエ殿も、その自信はどこからくるのやら」
「シズクという人間を知る者の特権、てやつでげすよ」
悪戯っぽくシチロージの目は光った。
徳利は全て開いた。シチロージに関する昔話をしてひとしきり笑っ
ていたが、シズクは酔いに任せてちょっと待っててくださいね、と廊
下にでた。水のある気配で、とても敷地内は涼しい。
蛍が舞う。
自分の木箱をとってきて、それの隠しから刀を出す。
「一つ、シチ達と遊んでやってた舞でも、と思いましてね」
「まぁ」
膳は全て片付けてもらって、ユキノは他の者も呼んだ。弥助を始め
皆がどやどやとやってくる。これだけ観客がいらっしゃると自分も嬉
しくなりますなぁ。にこにこしながら彼女は皆の前に静かに正座し三
つ指ついて一つ礼をした。
これは本当は二人で舞うものなんですけどね。そう言って舞い始め
たシズクはすぐに動きを止めた。何だろう、と皆が首を傾げた時にシ
ズクはその体勢で止まったまま大きく呼びかける。
「盗み見など勿体無い。出て来ておくんなさいな、お侍様」
音もなく障子が開かれると、そこには赤いコートを羽織った男が立
っている。その瞳は着ているものと同じ色で、どちらかというと瞳は
緋色と言ったほうが近かった。
ざわ、と皆が怯える。無理もない、彼は五日前にこの地に踏み込ん
だアヤマロの手先の一人だった。
「こないだ、私を見つけていたくせに放っていったな」
「…押入れから殺気が漏れていた」
「…ははは、かなわないねぇキュウゾウには。コレ、あんたも知って
るだろう。付き合え」
「承知」
すらりと片方の鯉口を切ってシズクと正反対の体勢を取る。一呼吸
おいた後、二人は鏡のように同じ動きをし、そして刃を静かに交え、
また離れを繰り返すような舞を披露する。
怯えていた使用人達もそのぴりっとした空気に思わず息を呑み、身
じろぎ一つせずにそれを見つめ続けている。すんげぇ、誰かが小さく
洩らしたのをだれも咎めない。魅入っていたのだ、その二人の姿に。
やがて二人は同時に刃を納める。パチン、と音がして二人は相互い
に一つ礼をした。ユキノがほぅ、と溜息をもらして拍手する。周囲の
者もそれに気がついたかのようにすげぇとか何とか言い出した。
歓声の中、シズクは静かにキュウゾウを見る。
『何故ここにいる』
『あの時いたのが貴様かと確かめに』
『嘘をつけ、これからサムライ達を斬りに行くつもりだろう』
『……』
視線は離れず、ただただ警戒しあう様にユキノは気がついた。ここ
にいては危険であると身体が警鐘をならす。急いで皆部屋から出るよ
うに、と急かした。
「お侍方、ここで刃は御法度。お気をつけてくださいまし」
「…ユキノさん、ことごとく迷惑をかけてすみません」
「…気をつけるのよ」
「あい」
人気がなくなった座敷。ただ突っ立ったまま互いを睨む二人。一触
即発だが、シズクはここで戦う気など毛頭ない。ふ、と息を抜いてそ
の場に座り込んだ。ぎょ、としたらしいキュウゾウにまぁ座れと促し
た。
「…で、ここにきた用事ってそれだけか」
「……抜け」
「やぁだよ、女将さんの店をぶっ壊す気かい。それに面倒だし」
「……ではなぜそれを持つ事に拘る」
紅い紅い瞳に射すくめられるように覗き込まれ、次いで両刀の片割
れを首筋にひたりと当てられる。研ぎ澄まされた刃の感触が僅かに感
じられる。この男は、まるで鞘走った刀のようだ。抜き身の尖りはそ
のままでいて、収めるところを忘れてしまったかのように生きている。
羨ましい、と素直に思った。
※現在は差別用語として扱われております。故に皆さんこの言葉は左
利きの人に対して失礼にあたるので使わない事にしましょう。
自分はそういった言葉を推奨するために記載したわけではなく、た
だサムライの世界では左利きとは言わないのではなかろうかと思った
だけですので誤解の無きようお願いします。
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