「自分と周りに流れてる時間の差を感じたことはないか?」
不意にそんなことを問われて、問われた側はぱちくりと目を瞬かせる。二人は朝、それぞれの布団からもぞもぞと起き出して、しかし弟の方の布団はいつも兄の布団にむかって主が転がってきているので空であることが多いのだが、遅い朝食を二人でぎゃははと笑いながら準備しているところだった。
二人に親はいない。いや、いるといえば弟の方にはいるのだが、目下どこへいったものやら、ちっとも音沙汰が無い。かわりに警察の偉いさんをやっている爺ちゃんが二人のところに来ては、お前たちはいい刑事にならんといかんぞ、とくどくどと説教を垂れ、世話をあれこれと焼いてくれているのだ。
だが今日は爺ちゃんはあいにくと上のほうでの会議があるとかないとかでこの家にくることはない。二人は爺ちゃんに早くから自立せいと二人きりでこのぼっろい家に住まされているのだが、お隣の家も爺ちゃんと兄貴妹のお宅であるらしく、一緒に遊んだりしたものだ。近くには赤毛の兄ちゃんもすんでいたし、ダダンだってしばしばこの家に来ては二人に説教とプロレス技をかましていくので、寂しい事などない。
「突然なんだよエース?」
「いやーこないだ突然シュライヤがさ」
「シュライヤが?」
「おう、大学で突然いいだしてなぁ」
シュライヤとはお隣の兄貴妹と爺ちゃんがすんでいる家族の兄貴の名である。妹はまた十一歳といったか。妹のアデルが生まれて三年たったくらいで、ガスパーデというどっかの社長がおこした事故で両親が亡くなってしまったのだという。それいらい、身寄りの無い二人をひきとってくれた爺ちゃんが二人と共に今まで暮らしてきたのだ。
まぁ、そんな説明はどうでもいい。
「いやー、まぁ、あいつって結構まじめだろ」
「…そうかぁ?」
「いやおまえ、俺たちとは環境が違うんだぜ?」
なんたって、あいつはここまで全部特待生できてる。奨学金とその制度で今もああやって毎日バイト漬けなのに成績優秀だしな。エースは皿にのっかったプチトマトをつつきながら言う。その様をカリカリにやいたトーストをかじりながらみつめた弟は、ふと時計をみやる。あ、やべ今日あいつらと遊ぶんだった。
「…ゾロたちか?」
「いつもの面子だ!」
にしし、と笑うルフィを見やって、さっきの疑問の答えなどどうでもいいかと考え直したエースはとりあえず、早く着替えて来いと弟をおいやる。弟はそれでもいちおうきちんと礼儀を爺ちゃんに叩き込まれているのでごちそうさまでしたと叫びながら皿をキッチンへもっていって、その足で冷蔵庫の牛乳を一本引っこ抜くとごくごくと飲みながら自室へと走っていく。
まったくわが弟ながら元気なもんだなぁ、とにたにた笑いながらエースはケータイの新着メールを確認する。おや?なんだサッチからメールがきてる。サッチとはエースの大学のOBの一人だ。サークルを通して知り合ったのだが、なんだか聞くところによるとでっかい会社の役員なんだそうな。あの面からは本当なのかと疑ってしまうようなことだが、一緒に来ていたマルコに話を聞く限り本当らしい。そしてなんだがエースは気に入られたらしく、しばしばシュライヤと共々サッチ達に拉致られて遊びにつれていかれたりした。
「…んだぁ?」
サッチからのメールの内容が理解できなくてとりあえずまぁこの時間なら絶対出るだろうとあたりをつけ、サッチに電話をしながら朝食の後片付けをする。三回ほどコールが鳴って、通話にでたのはなぜかビスタというおっさんだった。
「はいこちら五番隊」
「?!」
「あれ、サッチに伝言じゃないのか?」「馬鹿、ビスタそれエースからだ!ちょ、かわれ!」
なんだか電話の向こう側が騒がしい。なんかあったのか…?と眉に皺をよせる。背後では弟がばたばたと足音をたてて、いってきまーーす!とでかけていく音がする。きぃつけてなぁと気の抜けた声を上げながら、エースはとりあえず代わったサッチに、メールの中身のことなんだけどよ、と尋ねる。
「あー、今日な、シュライヤも暇だっつってたから、お前これからでかけるぞ、準備しろ」
「はぁ?」
「あーもう、どうでもいいから10時半に駅前集合な!」
ぷつり、と切れた電話を訝しげに見やる。おっかしいな、なんであんな慌しいんだ?そしてはたと言われた時刻を思い出して時計をみやる。時計の針はちょうど十時をさしていた。
「…うそだろ」
弟のことを笑えない。どんだけ急いで準備をしても、自分のチャリを鬼漕ぎして間に合うかどうかの時間だ。洗濯物なんとかしときたかったんだけどなぁ、と頭をぼりぼりと掻きながらとりあえず自分も自室に飛び込む。
「えぇと、マルコとサッチ以外にもいるってことだよな…」
ビスタってさっきのおっさんもくるのか?いったい何がおこるんだ何が。とりあえず相手は年上ばかりなのだから、いつもみたいなおしゃれとかめんどくさいですって格好はやばいよな…とかなんとか考えながら、とりあえずシュライヤに電話をしてみた。
「シュライヤ」
「おー、俺俺」
「…今時はやらないぜオレオレとか」
「うっせだまれ、あのな、」
「今日のことだろ?」
洋服のつってある棚からみつけてきたサルエルを履きながらなんだ知ってんのか、と電話に視線を寄せる。向こうは笑いながら応えてきた。どうせお前のことだからさっき起きたとかそんなんだろ、駅に半とか間に合うのかよ。
「お前はどうなのよ」
「見事に寝坊しました」
「一緒じゃねぇか」
「うっせだまれ」
でも俺もう出れるもん、はっはーとか笑い声が聞こえてくるのを尻目にシャツを羽織り、ベルトをつけていつもお気に入りのペンダントをくびにひっかけ、帽子を掴んで飛び出した。ちょうど二半をだしているシュライヤと鉢合わせる。
「……」
「…シュライヤ」
「あーもう、メットもっとこいよ」
諦めましたという面で、シュライヤは言った。
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