風が揺らめき、森の木々がさんざめく。
月が見下ろす丑三つ時に、この忍者の里では当たり前のように人が歩いて
いる。否、正しくは外から帰ってきたり、これから任務に出ようとするもの
達である。
今日も様々な忍具達が己の手元を離れ、忍達の手によって晴れ舞台へと導
かれていった。商品を磨き終わるといつもこの時間だ。アケは今日も疲れた
なぁ、とぼんやり思いながら手元の煙管を口から離し煙を吐き出す。リラッ
クスした身体から外へと出される身体に害を及ぼすものは、ゆるく吹き抜け
た風に紛れて消えてゆく。
「う……あぁぁぁ、今日も疲れたなぁ…帰るか」
軽く伸びをして、自分の店を閉めようとガラガラと少し立て付けの悪い引
き戸を開ける。下駄に草木染めの甚平を着ている、この店の店主。若さに似
合わない道具作りの技を持ち、他国からの優れものなども輸入して販売して
いるこの人物は、客を選り好みすることで有名だった。
まず道具を売らない相手として一番に挙がるのは、己の力を過大評価しす
ぎる者。己の力を過信するものはいつかその自信によって身を滅ぼすのだ。
そんな者がたとえこの見つけにくい場所においている店を聞きつけて探しだ
して道具を売ってくれといっても、アケは決して相手にしようとしなかった。
第二に、実際に戦地へ赴いているわけでもないのに刀を始めとする武器類
を欲しがる者。アカデミーへと通う者ならば例外に入るが、とくに金を持っ
ているからこそ、そういう類を集める者をアケは忌み嫌っていた。
そして第三に、暗部出身、または暗部に属する者。これはアケにとっては
重要な意味を持っているのだが、馴染みの客達は理由を聞かない。余計な事
を聞かない事がこの店の暗黙のルールであった。
故に、詮索好きな者は初めて店に来た時点で店主によって外に放り出され
る。変わった人物、ひねくれ者、頑固、などという悪口はもうこの里では定
評だ。
下駄のずりずりという音を道に響かせ、店を後にし家へと帰る。この時間
で開いているスーパーマーケットは少ない。家に戻る前に遠回りをしなけれ
ばならない事に気付き、アケは頭をボリボリと掻いた。
スーパーに付くまでの道のりは顔岩を左斜め前に見ながら10分ほど歩く。
そこに付くまでにはいくつものコンビニやラーメン屋台などが並んでいたり
もするのだがそこは自分で料理するのがアケの目下のブームであった。
さて、眠たそうな店員のレジにちゃんと金を払って家へと帰るのみになっ
たところで、自動販売機のラッキーストライクを買う。店では煙管だが家に
そんな高価な物は無い。今まで働いた金で社員購買ならぬ店主購買を行い、
しかし六掛けなんて素敵なことをせずに買った砂の国から来た煙管だ。大切
にしたいのである。
と、そこで同じ里にいるのに何年も会っていない友人に出会った。ライド
ウである。任務帰りなのかいささかあちらこちらに綻びが見える。
「ライドウじゃねぇか」
「アケ、か? 久々だな、元気にしてるのか」
「相変わらずだ。暇な日々を送ってるよ」
「好きなことを仕事にしてるお前が何を言う」
「それもそうだ……任務だったのか? 」
「あぁ」
ライドウは幼い頃から遊んでもらっていた兄貴分である。この間の木の葉
崩しの際に大怪我を負ったと聞いていた。
「この間は大変だったな」
「全くだ。お前もよく無事でいたな。この辺は大蛇丸の大蛇がうようよして
たろうに」
「そこはホラ、勘ってやつでどうにか切り抜けたのさ」
「相変わらずだな、ほんっとに」
心持ちよたよたと歩いているライドウに向ってお前忍だろ、もうちょっと
らしく歩いてみろよと言って笑ってやる。疲れてるんだ、無理言うな。と返
事が気だるげに帰ってきた。
「そういえばよ、アケ」
「んー? 」
「ゲンマって知ってるか」
こちらを向いた気配に、アケもライドウを見やる。あ、頬に傷があるなこ
いつ。っていうか顔中傷だらけじゃねぇか。イビキのおっさんにでもなるつ
もりかてめぇ。そう言わなかっただけアケもまだ人ができている。
「あぁ~……顔はわかんねぇけど、お前と同じ特別上忍の」
「そうそう、今度お前の店に行くからな」
「どっち? 」
「……あ、そっか。道具屋の方だ」
「へぇ…ま、お待ちしてますよ」
「伝えとくよ。じゃな」
十字路で別れた。アケは十字路をまっすぐ門の中へ、ライドウは右へ曲が
る。アケが入ったのは朱塗りの門。江戸の吉原、京都の島原のような廓の中
の置屋の一つが、アケの生まれた場所だった。
己の父親は誰か知らない。母親は当時その花街一の太夫だった。本来なら
そのままその置屋で働くものだったがアケはそれを嫌がり、やがて外側に店
を持った。己の店、赫である。母はとうに病で死んだアケであるが、そこは
店の主人に恩をもち、売り上げの半分は置屋に渡していた。
「たっでいま」
「アケ。今日も遅かったな」
「お父さん。随分遅くまで起きてるんだな」
「一応お前も此処の家の子だ。心配しているんだよ」
にこにこと笑う老人は、さぁ、早くあがりなさいとアケに勧める。居候と
いう形になってしまっていて本当に申し訳ないのだが、この店の夫婦は太夫
から新造、禿にいたるまでの女性にとても優しく、好かれているのが売りで
あった。
「こったいは?」
「今日は客が来ているんだ」
「そっか…夕飯は食べた? お父さん」
「食べたが、そろそろ腹が減ってな」
「待ってたわけか」
アケには敵わんなぁ、と主人は笑う。玄関から皆が寝ている所を通り抜け
て、普通は太夫の子が入ってはいけないような主人の家の部分に入る。主人
はとてもアケを可愛がってくれるのだった。
夕食もとい夜食を食べた後、アケは皆が寝ている方へ向う。流石に主人達
と寝るのはこの置き屋出身である身としてはあまりに申し訳が立たないから
だ。皆が寝ているところへ帰ると、たいていは新造達が起き出してアケを迎
える。皆、外の世界の話が聞きたくて仕方ないのだ。
「アケちゃんやぁ」
「お帰りアケちゃん、今日はどんな人が来たの? 」
「たでいま。良く寝ないと明日お客さんの前に出れないぜぇ。いいのか? 」
「「だって塀の外っかわの話が聞きたいんですもの」」
「そりゃ仕方ねぇわなぁ」
苦笑して今日の話を聞かせた。
さて、次の日である。まだ皆が寝静まる中一人襦袢からT-シャツに着替
えて甚平を着る。主人達の分の朝飯は店の男衆達と作り、それから店にでる。
がらごろと音をさせて店まで歩いていく。眠くなるのは店を開けてから昼
になるまでの間。客はたいてい仕事後か空けにくるのでその時間帯は転がっ
て寝ているか、くないを磨いたりする。
と、戸口からどすとまではいかないが低めの声が聞こえてきた。
「朝早くにすまねぇが、クナイ、見せてくれないか」
うつらうつらしていたアケは薄っすらと眼を開けて客を遠慮なくジロジロ
と観察した。出で立ちはどうみても忍。ただおかしなことに額当てを前と後
を逆に巻いている。口元の長楊枝が印象的だ。何か食っているわけでもない
のに。
「……」
「……」
見る限りでは己の店の物をうってやらない立場の者ではなさそうだ。顎を
しゃくって奥へと案内する。
「あんた、不知火ゲンマかい? 」
「そうだが」
「ライドウから話は聞いてるよ…予想外に早いお越しだったがな」
「そうかい」
長楊枝をピコピコさせて苦笑するゲンマを無表情で見やり、座敷へ上がる
様言った。ここでは客とは一対一で欲しいものを頼み、本人に合わせて形を
変えたりするのである。一から作ることもままあった。
馴染みの客がかちあったりすると、片方は待たされることになるのだが、
待つ時間の間は店の表に飾ってある武器類を使って裏庭で修行することがで
きる。しかしなるべく客が一度に何人も来ないようにあらかじめこちらから
時間を指定することが多くなった。
座敷はアケが好むようなつくりになっている。襖を引けば地下倉庫へ繋が
る階段が設えてあり、何メートルか分からなくなるほど降りていく。降りた
先は様々な種類の武器や忍具が勢ぞろいしていた。
特別上忍の男の頼んだものは、クナイと忍刀。忍刀の長さや刃渡りの好み
を様々な物を持たせてみて調節するためにメモ帳に書き込んでいく。
後でそのデータはパソコンでフラッシュメモリに入れてしまう。そうする
と情報が盗まれる事もなく、馴染みが来た時にいちいち座敷に上げずに仕事
を請け負う事ができるというものであった。
ひとしきりクナイや忍刀を持たせたあとで、いついつに渡す、と事務的に
伝える。不知火はアケが満足するまで待つといらへを返した。階段を登りな
がらこちらから時間を指定しても良いかと尋ねると帰ってきた答えは、
「できたら俺に手渡してくれるとありがたいんだが」
「ライドウ経由で構わないか? 」
「問題ない」
「承知」
そこで初めてアケは微かな微笑を顔にたたえ、言った。
「では、またのお越しをお待ちしております」
それが、後々まで続くゲンマとアケの物語の始まりである事を当の二人は知
る由も無い。
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