夜は彼等の世界である。日差しの中を歩めぬ彼等ミュータントは
闇を頼りにその身体を外の世界へ躍らせる。
ひらめく色は四色。
眼が冴えるような赤、澄み切った青、暖かな橙、薄闇のような紫。
「おい、いつもよりキレがねぇな、何かあったか」
「別になんでもないよ」
あの一件以来、ドナテロの様子がおかしい事に気付いていない訳
がない。ラファエロが走りながら尋ねるが、紫はいとも簡単にいなし
てしまう。
長兄が気遣って、今日はこれくらいにしておくか?と尋ねているが、
特に問題もないからこのまま走ろうよ、とドナテロは先に行ってしまう。
「ね、やっぱりドニー、おかしいよね」
「いつもの天才様らしくねぇよな」
「何か思いつめたような気迫を感じるな」
思いつめるのはてめぇの十八番だろうが、と突っ込みを入れてくる赤
に軽く睨みをくれてやってから、レオナルドは二人に向き直り、ぽつり
と言った。
「あの時、俺が一度ドンを呼んだんだ」
「あー、お前、どの時かまずそこから説明してくれねぇ?」
「オイラが異世界のおいら達に会って、ラフがバイクレースしてた時
でしょ?」
屋上の手すりを掴んでそこから見事なバック転を決めながらミケラ
ンジェロが二人に向って言う。それにやっと納得したようにラファエロ
はかっこよく着地ポーズを決めたミケランジェロを蹴っ飛ばしながら
ぼやいた。
「あれか、馬鹿息子がドレイコと合体して気持ち悪さが倍増してたと
きか」
「そうそう、もう少しビジュアルってのを考えたらましだったろうにな…、
って、話が脱線したな。話を戻すが、」
遠くに見えるドナテロの小さな影を目で追いながら、軽く脚でリズム
を取って給水等のてっぺんから屋上の床へ降り立つ。言葉の続き
を気配で促されているのに気がついて続けた。
「あの時、ドンはマイキーのような男と荒れ果てた森を走っていた」
そしてその男は、左腕がなかったんだ。
瞠目した二人がその場で固まるのを感じた。
遠くから声が飛んでくる。
「どうしたの?」
「あ、何でもないんだ、ドン。心配かけてすまなかったな」
「そう?てっきり僕に内緒で何か話してるのかと思ったよ」
さりげない鋭さが耳に痛い。ラファエロがようやく硬直から復帰して
ミケランジェロとレオナルドに合図する。今はこの話は無かった事に
しておこう、と。
家でもあいかわらずドナテロはおかしい。開発や修繕をするときは、
なかなか集中してこちらが何をしていても反応がないのが常なのに、
ぼんやりと何かをつついたり、天井を見上げていたり、読書中の本の
ページが一枚も進んでいなかったり。
それはついに父であるスプリンターにまで心配をかけることになった
のである。
「息子よ、ドレイコの一件からお前は何かおかしい」
「スプリンター先生、僕は、」
「兄弟も心配しておる。何か悩みがあるなら儂が聞こうではないか」
「…少し、時間をくださいませんか」
「いつでも、話したいときに話せばよい」
自分の部屋にこもっていたドナテロの脳裏には、あのパラレルとは
いえ、あまりには残酷な未来の兄弟達の姿がよぎる。
傷つき、歳を取り、希望すら見出せずにただもがいていた彼等。悲
しいかな、それの引き金になったのは自分だった。
「僕がいなくなった世界は、きっとああなってしまう」
腕が無くなったミケランジェロ、左目を失ったラファエロ、光を失った
レオナルド、愛しい者をなくしたエイプリル、命を落とした父。
あの兄弟達は、たとえ異世界であっても、仮想未来であっても、本
当の兄弟だった。ドナテロと今を共にしているあの兄弟だったのだ。
シュレッダーとの戦いを挑み、彼等に命を落とさせたのは紛れもない
自分だった。選べ、とレオナルドはあの時カライに怒鳴っていた。そ
の言葉が刺さる。あの時、自分が選んだ結果が、三人を失うことであ
ったのならば。
二度と見たくない、三人の死に顔が目にちらつく。だからあの時、父
に呼び寄せられた時、ラファエロとミケランジェロが左右にいるのを
確認して思わずとびついた。
あの未来ではなく、自分がいるのは今なのだ、と実感した、痛感した。
涙が出るほど安堵もした。こんなにも家族を愛しているのだと改めて
知ったのだ。
そこまで俯きながら考えていて、ふと、部屋の外に気配がするのを感
じた。この気配は。
「…入ってきなよマイキー」
「ドニー、あのね」
「何か壊したの?」
「違うんだ、あのね、」
「…心配かけてるのは知ってるんだ、ごめんねマイキー」
「……何が、あったの?」
心配そうな目でベッドに座っているドナテロを見下ろすミケランジェロ。
いえるはずがない。あの時に起きた事を話すなど、今のドナテロには
できそうもなかった。
「……ごめん、今は、言えない」
「…いいよ。おいらは、ラフも、レオも、ただドニーに元気になって欲し
いだけだから」
「ごめん」
「そんなに謝る事、ないじゃない?」
眉尻をさげて言うミケランジェロを見て、あの時代のミケランジェロが
目に浮かぶ。笑顔を一度も見せることの無かったあの男。それでも
あれは紛うことなくミケランジェロの未来だった。
涙が、溢れんばかりに湧いてくる。
「っドニー?!」
「…ごめんよ、ちょっとだけ、泣かせてくれないかな」
「…ドニー…」
涙は止まることをしらない。でも、握り締めた手は、その弟が生きて
いることを確かに感じていた。
[0回]
PR