「俺には俺なりのこだわりってもんがあるのさ」
あの馬鹿はいつもそう言ってお手製の紙巻煙草を咥えて笑っていた。煙草
なんぞ、普通の奴等なら噛み煙草ですますのだが、わざわざアイツは寄港す
る度にその土地で売ってるタバコの葉を買って吟味していた。
毎度毎度煙草の銘柄を変える奴は浮気性なんだとよ、と伝えてやるとあい
つはそうかいそうかい、俺はそうやって浮気していく中で一等愛しい物を見
つける定めなのさと笑って答えていた。
いつだったか、真夜中でこっちは夜番で眠てぇ真っ盛りだってのにバタバ
タと走ってきてこっちの肩を掴んで頭が軽く脳震盪でも起こしそうな勢いに
がくがく揺らしながらできたぞ!できた!と叫んだことがある。
「あにすんだよいばかたれ!」
「だぁから、俺の一等愛しい奴ができたっての!」
まぁあれだけいろんな銘柄の煙草を吸いまくって吟味してあまつさえそれ
のブレンドにまで手を出していたのだから、出来上がった瞬間の喜びなど例
え様のないものなのだろう。例えば、長くてやたら難しい内容の本を読みき
った時の達成感に似たようなそれであるといえば判りやすいだろうか。
んで、できあがったのはいいが、その配分はきちんと覚えてるのかよいと
尋ねてやるとサッチはにたにた笑って答えたものだ。
「このサッチ様が一番を忘れるわけがねぇだろ?」
ごもっとも。
さてそれからはサッチの吸う煙草は独特の香りを放つようになった。一体
どんなもんを混ぜ合わせたらあんな香りになるのかわからないが、きっと今
まで吸ってきた煙草の中で旨かった奴を選別しまくった末に混ぜたのだろう、
と思っていた。あいつは吟味のために茎や屑葉ばかりつめた安煙草までわざ
わざ吸っていたのだから。
さて、自分もまぁ書類仕事中はそれなりに喫煙もするわけだが。それを知
っているのは一番隊の奴等とサッチぐらいじゃないだろうかってくらいに人
前ではその様子をみせないのが主義だ。仕事中に自分の部屋にくるのなんて
サッチか隊員くらいのものだったし、酒を飲んだときは酒の周りが早くなる
からなるべく控えていた。悪酔いするのはごめんだった。
俺がサッチの紙巻を初めて吸ったのはいつだったろう。丁度手持ちの煙草
が無くなって、しかもそれが丁度四番隊と交代の時間だったはずだ。俺の部
屋の扉をノックなしに入ってきたサッチが、あれお前仕事中に煙草吸ってな
いのって何か珍しくない?と言ってきたから無くなったんだよいと返してい
た気がする。
「あ、じゃあついでだ、俺の吸ってみろよ」
「はぁ?お前の?」
俺のは俺の一等な別嬪さんだからな!そういってちょっと取って来るから
待ってろとか何とか言って慌しく出て行ったサッチはすぐ戻ってきた。あい
つの部屋は少し離れていたはずなんだが、やたら早かったのが記憶に新しい。
「ほれ」
俺の別嬪さんだ。そう言って笑う顔にお前煙草に別嬪もくそもあるかよい
と突っ込みながら一本だけ拝借した。思いのほか旨かったのが印象的だった。
[2回]
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