夜か昼かもわからぬ。上も下も暗闇に包まれているそこは、地上から何メートル下のあるのか。
地上と言うよりは海上と言うべきなのかもしれない、とクロコダイルは思う。そんな些細なことに
思考をめぐらせることができるのには、単に自分のしなければ成らない仕事というもののない
牢屋にいるからだろうか。
海楼石でできた手枷はガシャガシャとうるさく、重みを身体に伝えてくる。しかしそのお陰で
身体の渇きが随分と和らいでいるのもまた真実であった。砂でもある自分の身体は、アラ
バスタでは留まることなく乾いていた。幾度水分を吸収したとしても、みるみるうちに身体は
乾き、水を、水をと訴え続けていたのである。
そこから解放されたのはある意味いいことだったのかもしれない。
暗い牢屋の中には幾人かの牢獄仲間というものがいる。入獄してきた時は随分と野次を投げ
つけられたものだが、今では互いに無関心であったり、自分が過去に何をしてきたのかという
話を一方的に聞かされるだけになっていた。
下界には面白いことなど一つも無かった。
プルトンをみつけ、世界に君臨するユートピアを建設しようと考えたあの時の事を今はもう
遠い昔のことの様に思いだす。七武海にいながらにして、権力を手にするためにちょこちょこ
と動き回ることは嫌いではなかった。
全ては己の野望に向って突き進んでいたことだったからだ。だが、それを麦わらに阻止され
て、目の前で全てが水の泡になったとき、彼の興味は全てからなくなった。
どいつもこいつも使えない。面白くも無いこの世がすこしはマシになるかと思っていたが、
結局はすべて流動的なものである。
ばかばかしい、と思っていた。
「フフフフ!」
馬鹿みたいな声が聞こえたのは気のせいだろうか。気のせいでありたい。むしろそうであっ
て欲しいと懇願する。嫌なものを思い出すではないかふざけんな。眉間の皺を深くしてクロ
コダイルは牢屋の奥で一人、腰掛のど真ん中でうろんな目を周囲に向ける。
「おい、今誰か笑ったか?」
「いーや?」
ざけんな。聞こえるはずが無い。何しろここは海の監獄。海の孤島。あの阿呆がわざわざ
こんなところにくるはずがないのだ。馬鹿らしい。来たとしてもあれだろう、ゲラゲラとこっち
をあざ笑うくらいだろうが。よりにもよって最悪な物を思い起こさせる笑い声は再び聞こえて
きた。
「フフフフフ!」
いやいやまてまてまてこれは幻聴だ。聞こえるものが最悪すぎるものであったとしてもこれ
は幻聴だと思い込みたい。あいつだけは勘弁してほしいまじで。いやまじで。
そんな胸中の焦りを周囲に悟られないように視線を念のため、本当に念のために牢の外へ
むける。
「随分といい様だなぁ!」
「…おいあれはどいつの客だ」
「すっとぼけんなよクロコダイル」
おぉ、珍しいこんなところに客人がきたぞ、と牢の中が俄かに騒がしくなる。っておいふざけ
んな海軍に魂を売ったクソがきやがったぞまじありえねぇ、とだんだん文句ばかりが発生す
るようになったところで、クロコダイルはのっそりと座っていた足を組み替えた。
「…こんなとこに来てまで何の用だ」
「用もくそもなにもねぇ」
「……」
あほだ。用もなくこのインペルダウンまで来たというのか。しかもわざわざ最下層に。アホ以
外の何だというのだ。何が悲しくてとくに罪もない奴がこんなとこに来る必要がある。あれか、
監獄見学とか銘打って遠足か。
「フフフフ!」
格子をはさんだ向こう側から流れ込んでくる笑い声はいつもと変わらない。あぁ嫌だ耳につく。
用がないなら帰れ。失せろ。鬱陶しい。言いたいことは山ほど、いや山よりあるが。あえて
黙り込んでムシする方向に決めた。
「つれねぇなぁ!せっかく会いに来てやったってのによ」
「はぁ?」
フフフフ!と笑う男の意図が全く読めない。いや、昔からそうだった。レインベースまではるば
る足を運んでこちらの邪魔をしてくるこいつの意図など今更判るはずが無い。もう十年以上の
つきあいだ。いちいち腹をたてるのもあほくさい。
「愛しのクロコダイルのお顔を見に来てやったんじゃねぇかありがたがれ」
「とりあえずその口を閉じろきしょくわりぃ」
「つれないn」
「フラミンゴ野朗がわざわざ何のようだと聞いている」
「だからあいに」
「それは聞いた。真意をきかせろ」
あぁもう、完璧こいつのペースではないか。いつも通りすぎて笑えて来る。あほらしい。本当に
あほらしい。勘弁してくれよまじで。いや、何度もいうけど、まじで。
「…」
「なんだ」
「閉じろっつったじゃんさっき」
「人の揚げ足をとるな毛玉!」
青筋はもはやたくさんたちすぎて、目立たなくなっている。会いに来ただと。七武海の称号を
剥奪された自分にか。そうかそうかそれはすごいことだな俺はそれでどうすればいいんです
かわぁ嬉しいとか、泣いて助けを求めればいいんですか貴様ふざけんのも大概にしとけよほ
んとに。
またオチが行方不明
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