ふわり、と香るのは独特な匂い。
それが葉巻からのものであると知った瞬間に意識が浮上する。目をあけるとまだあたりは薄暗く、隣にあったはずのぬくもりがない。こんな時間から起きて、黄昏でもしているのだろうか。寝ぼけた頭でぼんやりと考えながらむくりと起き上がると、ガシガシと頭をかきつつズボンを履いて隣の部屋へ向う。
二人がけのソファが向かい合っている部屋で、服を着込んだ男が葉巻をふかしていた。ローテーブルには既に一本、吸殻が転がっている。随分前から起きてこうして葉巻をふかしていたようだ。唐突に姿を現したこちらを気にもとめず、ただ窓の外を見やりながら呟いた。
「…起きたのか」
「もう出るのか」
あふ、とあくびを一つもらして男に問うと、男は葉巻を吹かしながらこちらをねめつける様にして言う。今日は早いもんでな。貴様と違って俺ぁ忙しいんだ。そう続けて言った男に、眠気が一気にさめたドフラミンゴがにぃ、と口角を吊り上げて笑んだ。おまえ、首のとこ、虫にさされてるぜ。
一瞬目をぱちくりと見開いてこちらを見た男は、次いで顔をふいと逸らす。右手がその場所に無意識に動いてしまったのを見られたことが悔しくて仕方がないらしい。しかし、顔を背けていても、髪をオールバックに整えてある今は男の耳が赤く染まっているのが暗闇の中でもよくわかった。
大股に男の側に近寄って、その頬を後ろからそっと触れるようになでる。反応を返さなかっただけ随分と慣れたものだ、と片眉をあげながら笑う。ふふふふ。触れた頬はいつもの男の体温よりも温かだった。
「…さっさと寝なおして来い」
「あー、まぁそうするかなぁ」
どうせ今夜もお前はここに帰って来る。違うか?と問うと、当たり前だろう、ここは俺のセーフティなんだからな、と噛み付くような返事が返ってきた。その返答も思った通りで、そしてその思ったとおりの行動を取ってしまったのだ、と今更気がついて苦虫を噛み潰したような顔をする様子ですら、愛しく思える。
首筋をつ、と長い指でたどって、顎のさきをとらえる。こちらに首を捻るよう手で促すと、男は諦めたように葉巻を灰皿に押し付けた。すこしずつ、すこしずつだが明るくなってきた室内。だが、こちらに首を捻った男の金色ほど美しく見えるものはないだろう、とドフラミンゴは口付けながら思った。
[2回]
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