暗い。視界が暗闇に閉ざされている。
灯りなどない。格子の外の廊下にならあるが、この牢屋の中に光などない。
何人も押し込められているこの牢屋では、自分の寝る場所を確保するのは
まさに争奪戦だ。だから消灯の時間になるといつもここは、おいどけよ貴様
とかふざけんなここは俺の場所だ、とかそんな罵声が飛び交う場所になる。
もう一生出ることは叶わないこの場所で、手錠につながれた囚人達は暗く
なったあともゴソゴソと動き続ける。
クロコダイルはさっさと自分の場所を確保して眠りにつこうとしていた。残念
ながらこんな場所でも睡魔は訪れるのだ。仕方がない。と、牢屋の隅でごそ
ごそしていた奴等が、う、と小さく声を上げ始める。
囚人達とて男である。溜りにたまった性欲を処理するには己の手を借りる他
は、つっこむ穴を同じ牢屋の中で調達するしかない。調達できるほどレベル
の低い男などいるはずがないわけだが。
故に一人影にむいてごそごそ。やがて訪れる小さな絶頂で満足するしかな
いのだ。なんとまあかわいそうなことだな。女の囚人は残念ながら扉を隔て
た向こう側。頭で何かを想像していくしかない。
さて。
そんな男どもの中うっせぇなぁと思いながら薄い眠りについていたクロコダ
イルを、がっしり抱え込んできた腕があった。なんだ。
「なぁお前、俺が牢に入る前に聞いた噂だと、あいつの穴だったって聞いた
ぜ」
「あいつって誰だ」
だいたい穴になんぞなったつもりは欠片もない。穴っていうかお前、まぁ穴か。
呆れたように目を覚まし、黙れ俺は眠いんだと言い放ってクロコダイルは再び
眠りについた。
あいつの穴。
いやな単語が寝る直前に囁かれてしまったものだ、と胸中で唾を吐きながら。
夢の中では、クロコダイルは船に乗っている。ここがどのあたりの海なのかは
知らないが、恐らくグランドラインなのだろう。見渡せば見慣れた自分の船。自
分の船を動かす為に沢山の部下がいる。
そこに最低なものを見つけるのに、さして時間はかからなかった。何かでかい
奴がいる。背中をこちらにむけているから顔など確認しようがないが、その図
体を鑑みるに、あのコートを羽織っていなくてもわかる。奴だ。
「よう!」
「…夢ン中まで出てくんのかよマジ最低だな」
「フフフフ!随分と口達者じゃねぇか」
「ここは俺の領域だ」
さっさと消えてもらおう。葉巻をくわえて言ったクロコダイルは遠慮なしに砂嵐
をおこそうとして気がつく。その手についているものは。
「フフフフ!今は俺の大事なペットだってことだ」
なぜ夢の中にまでこんなくそ忌々しいものがついてくるのか。もう一回夢を見
直してぇなぁと一人ごちながらクロコダイルは奴に操られるままその男の前ま
で歩いていき、男を見上げた。
サングラスをかけている男は舳先に腰掛けてこちらを見下ろす。オレンジ色の
レンズ越しに切れ長の目がじろりとこちらを射抜く。しかしそれはまるで女を見
る時のようなそれ。
「馬鹿だな」
「?」
「なんで捕まったりした」
「もう世の中に面白いもんなんかねぇだろう」
その答えに再び笑い声を上げると、こちらの頬に手を伸ばしながら男は顔も
一緒に近づけてくる。薄い唇。に、とむき出しに笑う口。あぁ、食べられる。
男は笑いながらサングラスを取る。すらりとした切れ味の視線が直にクロコダ
イルへと刺さるのがわかった。背筋を何かが駆け上がっていったのを感じて
眉を顰めるとおそらく降って来るだろうドフラミンゴの口付けをまちうけた。
「面白いものがないってか」
一言耳元で囁かれて訝しげに目を開けた瞬間、額に一つ。唐突の事でびくり
と反応をしてしまった自分に舌打ちをしながらクロコダイルはなんだってんだ
一体、とでも言いた気に男を見上げる。
「俺との遊びは面白くなかったっていうか、なぁ?」
「遊び?てめぇがじゃれてきたの間違いだろう」
つれねぇなぁ。肩を竦めるとドフラミンゴは諦めたように溜息を吐く。お前の興
味は海にはなかったってことか。海賊であるくせに、海を渡る楽しみすらなくし
たか。
「…何が言いたい」
「海に未練がない奴なんざ、俺から願い下げだって言ってるんだよ」
いっそこのまま海へ落としてやろう。にたり、とクロコダイルの顔の真正面で
歯をむき出して笑った男は、その後頭部を鷲掴んで一つ唇に口付けを落とす
とその体を強引に舳先へ投げ飛ばした。
あぁ、俺はこれでようやくこの馬鹿と離れる事ができる。
そう感じた彼は、くすりと笑んだのである。
目を覚ますとあたりはまだ暗かった。あぁ最低だが最高の夢を見たなぁ、とま
だ夢うつつを彷徨っていた頭を徐々にはっきりさせながらクロコダイルは首を
こきこきと鳴らした。
ふと、夢の中であのアホが口付けてきていたことを思い出し、思わず囚人服
の袖で口元を拭う。夢の中であったとしても、男同士が口付けるという事を考
えると、背中にいやな汗が流れ落ちるのだ。まだまだ俺も普通の人間だと安
心するばかりだ。
だが男は気付かない。夢の中であったとしても、男自身がそうされることを望
んでいるのだという事実に。
インペルダウンは今日も暗く、閉じ込める囚人達の喚きや呻きが響き渡って
いた。
[3回]
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