聖域は晴天の空を仰ぎながら今日も平和である。
一年と少し前に聖戦や数多の戦がおきていたなど信じられないようなそれは、
世界の歴史に表立って残る事は無い聖闘士達の事などまるで知らぬかのように
天でのさばっている。
聖戦が終わってからの聖域はまるで火が消えてしまったかのような静かさで
あった。しかし、それを覆すような出来事が起きる。女神が、冥界の女王を捜
しだせと言い出したのだ。一体なんの為にそんなことを言い出したのか聖闘士
をはじめ聖域中の皆が不思議がった。
ただ、一つの希望を見つけたのだと、教皇代理を押し付けられた彼女は笑う。
アステリオンを教皇代理補佐にして彼女自身は最近のらりくらりと方々をほっ
つき歩いているらしいが。
「あれ?」
アステリオンによって無理矢理連れ戻されていた聖闘士の一人、オリオン座
のハロルドが声をあげた。彼はサガの変において反抗する意志も従順する意志
すらも示さずにただ聖闘士候補として送り込まれる青少年をしごくのが日々の
日課であった。聖戦ではドイツにあるハーデス城へ黄金聖闘士達と共に攻め上
り、城内外にいた一般兵達を多く戦闘不能においやった程の腕の持ち主である。
聖戦が終わってからは自分が弟子達を教えていたアフリカに戻ってその地で
おきた奇怪な事件などの調査を行っていたのだが、丁度今彼の馬鹿弟子が日本
に帰っている為、こちらに来てもぎゃんぎゃんと騒ぎたてられずに済むなどと
考えてこちらに顔を出していた。
顔を出した瞬間に女神から冥界の女王を捜せなどと素っ頓狂な命令を言いつ
けられて、はぁ、いったいどうこっちゃ意味がわからんと目を白黒させながら
とりあえず聖域周囲の国々をまわった。イタリアやトルコなどで見つけた一般
人よりやや小宇宙が大きめと感じる人物を数人連れてきていたのだが、残念な
ことに彼等はペルセポネを宿している人物ではなかったのである。
もう一度探索に出ようにも、一度つれてきてしまった人がこの地に留まるの
か元いた場所に戻るのかの決定をまたなければならず、しかも元いた地域に帰
るのであれば彼等の安全を確保しつつ送り届けねばならない。それら全てをア
ステリオンに任せるのはあまりにも酷であるため、つれてきた聖闘士がいちい
ち元いた場所へつれて帰っているのだ。
神は極稀にまじめである
何度目になるかの決定待ちの時間を潰すために、雑兵に落ち着いていたかつ
てのライバルや他の元聖闘士候補達と修行がてら組み手をしていた。合間に身
体をほぐす体操をしてやれやれ、と一息ついたときに、彼は不思議なものを見
つけて声をあげたのである。
いつも小さなことにこだわらない彼なのだが、珍しく首を捻ったのには理由
があった。本来ならばこの聖域は女神の結界によって、普通の人には入れない
上に見えない。衛星写真にも写らないようになっているのだが。その結界をた
やすく越えてコロッセオの近くを十二宮にむかって歩いている人物がいたので
ある。
一緒に組手をしたあとで身体を伸ばしたりしていた一人が、眉を顰めてハロ
ルドに小声で話しかける。…何者だろう?
「…さぁてな。迷い込んだ一般人、にゃあ見えないよなぁ」
わからん、としか今はいえないが。とりあえずハロルドは立ち上がり、コロ
ッセオから出て一般人に追いつきいて声をかける。おいあんた、何の用でここ
に来たんだい。
するとその女性はこちらを振り返ってふわりと笑んだのである。見知らぬ者
に笑いかけられて吃驚してしまったが、よくよく見れば、ロドリオ村で身寄りの
無い子供を引き取って暮らす子供の家のセレスではないか。彼女が小さな子
供達の姉役として彼等をまとめてよく村の外で文字を教えたりしている姿を見
かけている。
ロドリオ村から来たのであれば何かが起きたのかも知れない。ふと不安にか
られて彼女を覗き込んだハロルドは、もう一度彼女に尋ねようとした。しかし、
その瞬間に発生したそれに、顔を引き攣らせる。発生した小宇宙は、間違いよ
うも無く闇の世界の臭いをもっていたのだ。
どうしようもない気配に対する圧迫に冷や汗をかきながら尋ねる。何か、気
のせいだと信じたかったのかもしれない。
「…セレス、お前、まさか」
「アテナは頂上にいらっしゃるのでしょう?」
案内してもらえるかしら。セレスであるはずの少女は軽く笑んだのである。
その圧倒的な小宇宙を垂れ流しにしながら。
「…おい魔鈴」
「変な輩が来たもんだねぇ」
獅子宮の入り口で会話していた二人の聖闘士は、とっさに麓へ視線を向ける。
ハロルドの小宇宙が大いに乱れているのがひしひしと感じられる。敵であれば
彼の小宇宙は爆発的に膨れ上がるはずだが、その様子も無い。魔鈴と共にいた
烏座のジャミアンは、その辺りを飛んでいた烏に声をかけて様子を見に行かせ
る。彼は烏を友と呼び親しむが、その視神経などを同調することができる異能
者でもある。
「……」
「どうだいジャミアン」
「くわぁ」
「カラス語で喋られてもわかんないよ」
「…すまん」
どうやら、こちらに登ってくるようだぜ。視神経を元にもどしたジャミアン
は、困ったように呟いた。それを聞くや否や、魔鈴が踵を返して教皇宮へ
と走る。女神とリタにご注進である。
女神はさきほどからの小宇宙を感じて、来てくれたのだと顔を輝かせて
待っていた。リタの顔はそれとは反対に随分と不安そうだったが。
「さて、ここまで通してしまっていいのかい?」
「構わない」
リタの声音は硬い。恐ろしいのだろう。あの者が本物のペルセポネでは
なく、聖戦の生き残りであるとしたら。リタや他の白銀だけでは守りきれな
いかもしれぬのだ。
「…リタ」
「何があるかわからないので、神官達は隣室に控えさせます」
よろしいですかな、アテナ。リタはむりやり顔の筋肉を吊り上げました、
とでもいいたい顔で女神に笑いかけた。沙織は頷く。アステリオンは困っ
た様にしながら、とりあえずハロルドに念を飛ばして、どういうことか事情
を聞いていた。
女神と女神がやがて、相見えることになる。
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