あの日の全てが
砂の国には珍しく雨がしとどに降った。しとしとと降る雨は、砂の大地にしみこみきれずにワジを作り、短い命の川を作り出す。執務室の窓の外、窓ガラスにはりつく雨粒をしごく鬱陶しそうに見やる男がいる。
男は国では英雄と呼ばれ親しまれている。彼の真意を知らない民は幸いだ。やがて自分の故郷がなくなろうとしているというのに、目先の安全だけを貪っているのだから。
雨の日は嫌いだ。昔、自分がまだルーキーといわれた時代に受けた傷が痛むからだ。鍵爪がついた左腕をなでさすりながら、少し湿り気を帯びている葉巻を吹かしながら男は窓ガラスに背をむけた。こんな雨の日は、いつもやつが現れる気がして、なぜかそれを期待している自分がかすかにでもいることにうんざりしながら執務机に向う。今日もあいかわらずに資料や判を押さねばならない紙との戦いだ。正直なんで自分はこんな隠れ蓑の仕事に追われているのか。馬鹿馬鹿しくなるが、目的の為にはそれを耐え続けねばならないのだ。
耐える事。それは男にとって苦手なものの一つだ。
いつも最中も声を耐えようとがんばるが、奴がそれを許すことは全くといって、ない。むしろ閉じようとする口腔に指を突っ込んで声をむりやりださせようとするのだ。そしてそれに流されている自分が、あの視線にすべてを持っていかれる自分がいることを認めたくなかった。あの低く耳に残る、柔く甘い声。いい酒が手に入ったと口の端を歪める仕草。サングラスを外した後に笑うとき、左の眉がわずかに上がる癖。いいとしをこいてなお煙草や葉巻をやらないために白いままの歯。思い出すとキリがなくて、むりやり思考を振り払って仕事へむかおうとむきなおった。
今日もセーフティに帰れば奴がいるのだろうか。もしかすると、ここにやってくるかもしれない。あぁ、仕事にむかうと決めた癖に、もう思考がずれている。どうしようもねぇなと溜息をついて、執務机から離れた。ソファに体重を預けるようにして、沈み込むと、額に手をあてようとして、→腕の袖からうすらと垣間見えた紅い花。色はもう紫色に近くなっていて、やがて肌の色と同化してしまうのだろう。
あの晩。いつもはやるならやれ、という態度で互いに接していたはずだった。自分の快楽だけを求め、相手に気を使うなどということは一切ない、ただの
[2回]
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