あなたの目は、こっそりと私の心を盗む。泥棒!泥棒!泥棒!
モリエール「贋才女」より
どかん、と音をたてた机は、本来の使用用途とはまったく違う、人間様の足を上に置いてとても不服そうである。そんなことは足をおいた当人に伝わるわけではなく、代わりにその机の所有者の眉が顰められることで伝わったようだ。
「毎回毎回、暇なことだな」
「フッフッフッフ」
歯をむき出して笑う男は相手の表情をサングラス越しに見定めている。どうやって怒らせようか。そればかりが頭を占めているようにしか見えない。それを知っていて尚真面目に向き合おうとするクロコダイルには正直頭がさがる。おまえ、少しは学習しなさいよとでもいえるが、そこはそれ、彼の真面目さに感服した者の言だととってほしいところである。
「今日は何をしにきたんだ」
暗に仕事ができないからさっさと失せろと含んだつもりの言葉はあっさり一言で返される。「別に?」。青筋が一筋たつのを感じて、それを押さえ込もうと頑張るクロコダイルは、しかし残念ながら堪忍袋の緒はそんなに頑丈ではない。早々に切れる切れる!と悲鳴をあげるばかりだ。
「かわいいかわいい俺の玩具の顔を見に来ちゃいけないって法はねぇだろう?」
このいい年をこいた自分を捕まえてかわいいとまで言うこの男の頭は本当に大丈夫だろうか。まったくもって理解不能だが、一つだけたしかなこと。それは、この不可思議な関係をもはや何年も続けてきたということだ。なんだってこんな人をおちょくる事と卑怯なビジネスしか能のない男とこんなにつるんでいるのか自分でも全くもって理解不能だ。本当に、えぇ本当に。
机の上に放り出されていた脚はやがてその位置を床に戻し、ゆったりと立ち上がる体を支える。見下ろしていた視線がだんだんと上がるのは癪なことだ。しかしその見上げる首の角度も、これから何がおこるかということに対する心構えも慣れてしまっていることは否めない。
ゆるり。
サングラスをはずす仕草が好きだ。一度閉じられた目が外されたサングラスの下から覗き、それが開かれて視線が真っ直ぐに自分を射抜くその一瞬がたまらなく好きな自分がいる。本当に、本当に。溺れているとでもいうのか。しかしそんな事を告げるなど、死んでもごめんこうむりたい。それは自分の中のプライドがゆるさぬ。
「さぁてクロコダイル」
一瞬のうちに間を詰められる。これも毎度同じ。知らず身体が反応する。背筋を何かが駆け上がる。
「俺の大切な鰐は身体も損ねず毎日英雄業にあけくれて、されどその欲はみたされず」
ならば貴様にその欲を満たすのが俺の役目ってもんだろう?視線を逸らさずに呟かれる言葉はもはや耳に届く前から知っている。それが二人の合図である。
あとは、テーブルに置き去りにされた灰皿とサングラスのみが知っている。
[1回]
PR