一番隊と四番隊の多くが集まって飲んでいたのは、寄港した船の乗組員が多くやってくるような店だった。やはりログの都合上、こういった店は船で生活している者からすればありがたいものだ。胡麻塩頭に連れられてマルコが店に姿を見せると隊員達はすでに宴を始めている様子で、マルコを見かけた隊員達が隊長も飲みましょうよと話しかけてきた。
折角酒場に来たのだからと彼らは賑やかなことこの上ないが、たまたま今日は港に入っている船も少ないようで、店内は地元のものか、他に入っていた商船の乗組員らしきものの姿しか見えない。
隊員達の中には既にできあがっているものもいて、ちょっと手洗いなどとふらふらと立ち上がって便所へ消えていく奴や、口元を抑えて裏口へ駆け出す奴等を指差して笑っている奴、俺の酒が飲めないのか、と新人に絡む奴、テーブルに乗っかって大騒ぎしている奴とひきこもごもだ。
相変わらず皆元気なもんだな、と苦笑しながら空いていた椅子に腰掛ける。胡麻塩頭が間髪入れずにジョッキを差し出してくる。いろいろ溜まってるだろうが、今はコレで全てを流してしまえということらしい。マルコも酒を飲んで少しは気分を上昇させてしまいたかったので快く受け取り、そのテーブルを囲んでいた奴等を巻き込んで乾杯をした。がしゃんという音と共に勢いで零れ落ちる酒。皆一気に飲んで、もう一杯、と店の女の子に注文をしている。
受け取った酒は本船に置いているそれよりも随分と度数の低いもので、こんなもんで酔えるか、と小さく眉間を顰める。隣に座っていた胡麻塩頭を見遣ると、同じことを思っていたらしい。目が合って互いににやりと口元を吊り上げた。
どこかのテーブルで喧嘩が起きたらしい。何だてめぇ、などと声が上がっている。家族内の喧嘩は両成敗と決まっているので、おい誰か後で両方殴っておけと同じテーブルの古参の者が言う。それに対して若手は、えぇー、面倒だから嫌ですよと笑って返している。
と、酒場の扉が頼りなげに開き、一人の男が姿を見せる。店の奥から出入り口が見える位置に座っていたマルコは自然とその様子が視界に入っていた。服装は随分と薄汚く汚れていて、黒い髪は潮にあてられてぼさぼさとしている。普通の海賊の風体でも商船の格好でもないのが珍しく、何気なしにマルコはその男を観察を続ける。
男はふらふらと酒場の中を見渡し、空いた席の一つへ向かって歩き出した所で忙しなく立ち回っていたウェイトレスにぶつかって慌てて頭を下げている。ウェイトレスは何事もなかったように男へ笑い返してカウンタへ戻って行った。
随分と危なっかしい奴だ。素直な感想はそれで、しかし男の様子が面白くなってきてマルコは視線を注ぎ続けていた。ようやっと空いた席に座ろうと椅子に手をかけた男は次いで近くを歩くウェイトレスへ声をかけようと首をめぐらせる。しかしウェイトレスは両手が空いた皿で埋まっており、彼の傍を通り抜けてしまった。彼女の姿を視線で追っていたらしい男とうっかり目が会ってしまう。男の目が一瞬大きく見張られた。
そんな反応をされてしまうとマルコは戸惑う。どこかで会った事のある奴ならば大抵忘れはしないつもりだったが、あの男の顔など見たことがない。賞金首である自分の顔を見て驚く奴なら多くいるが、男の表情は恐れなどとは違ったものであった。
男はこちらを見ていたが、徐に椅子へかけていた手を離してこちらに向かって歩いてくる。マルコの左側に座っていた胡麻塩頭がおい、と小さく声をあげ、そのテーブルは賑やかな空気を変える事無く警戒の体勢を取り始めた。男はふらふらとぐらつく足元を一生懸命に動かしてこちらへ向かってくる。周囲のテーブルもマルコ達の様子に気がついて酒を飲みながら男を観察し始めた。
やだやだ、こっちに向かってくるってことは知り合いじゃなくて、堅気でもないってことか。面倒の予感がひっしひしするなぁ。ジョッキの底に残っていた度数の低い酒を飲み干して、マルコが立ち上がる。胡麻塩頭がおい、と引き止めるが、こちらに用事があるなら出向いてやったほうがいい。
ふらふらしていた男はマルコが近づいてくるのを見て一瞬怯んだ表情を見せたが、しかし歩みを止めない。が、うっかり近くの誰も座っていない椅子に躓き、体勢をくずす。
「おいアンタ、大丈夫かい」
膝をついた男に、警戒の色を強めながら声をかける。男は四つん這いの状態から顔を上げて、マルコを見上げた。そしてその胸元の十字マークに目が留まると、搾り出すような声を上げた。
「た、助けてください、お願いします」
「…は?」
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