パラレルですけども。死神パラレルですけれども。 もしあかーーーん!な方がいらっしゃったらごめんなさい。
それ、は耳にたこができる程聞かされた様な姿をしていなかった。紳士然とした、それでいて飄々とした風体であった。名のある貴族の家に突如として現れたその男は家令に向かって、その緑色の瞳をくりくりと瞬かせて微笑み、呟いた。
「ここのご主人に招かれた者ですが、ご主人はご在宅だろうか」
「…主人は長い間床に伏せっておりますが」
「だからですよ」
「?」
訝し気な顔をしていた家令を軽く押すと、彼はまるでえも知れぬ者に押された様にたたらを踏む。黒いシルクハット、黒い三つ揃いに片淵眼鏡をかけた男は小さく笑むと、初めて訪れたはずの館を、まるで勝手知った家ででもあるようにすいすいと中へと歩いていってしまった。
応接間ではうら若い女性が涙を堪えながらソファに座っている。それにちらりと目をやった男は彼女の肩に手をかける。お嬢さん、私はここの主人に招かれたものだが、私がご主人に会う際に立ち会っていただきたい。よろしいか。
女性は驚いたように顔を上げて男を見遣る。そして小さく、貴方は、と呟いた。片目を瞑ってみせて、男は静に微笑む。小脇に抱えた杖が鈍く光る。
「別にあやしい者ではありません。ミスターからお呼びが掛かった。それだけの事です」
「昨日もここにいらっしゃいませんでしたか?」
「…そうだっけな・・・あー、いや、それは別の者かもしれません」
この業界は、仕事人が多いもので。上から下まで黒一色で統一された男は小さく笑んで見せて、女性の手を取る。拒んでいたはずの女性はなにかに導かれるようにソファから立ち上がる。女性はぼんやりとしながら男を見遣った。室内だというのにシルクハットもぬがない。その手には真っ黒な手袋。タイですら真っ黒。まさかこの人は。
まるで女性の心の声を読んだかのように男は振り返り、微笑む。いっそ清々しいまでにキレイであった笑顔に背筋を凍る。男が口を開く。
「貴女だけに伝えたい事がある、とミスターは仰っていた。それは貴女の叔父上でも伯母上でもない、貴女にだ」
女性の叔父と伯母はこの屋敷の主人が床に伏せってからは、年に一度顔を見に来るか否かである。それは彼の財産が目当てなのか、それとも彼らが忙しい身の上だからかは定かでない。だが彼等は女性に時折辛くあたることがあった。彼女が主人に可愛がられていたからである。
隙無くビロードの貼られた階段を音なく上がり、沢山の扉が並ぶ廊下を歩く。一番奥にある、一番立派なドアが主人の部屋であった。男はノックを小さく二度してから扉を開く。
余計な装飾など一切施されていない、しかし高価なものであろうと一目でわかる寝台に、この館の主は横たわっていた。ここのところ寝てばかりで、直接会話をした記憶などないな、と女性はふと考えた。そもそも、彼と会話をしようとすれば、叔父や伯母が阻止をしたのである。それは仕方のないことなのかもしれない。
そういえば叔父や伯母はここ一週間ほどこの屋敷に留まっているのだが、午後から姿を見ていない。不安になって立ち止まると、男が困ったような顔を浮かべて、では家令の方と執事にも来ていただきましょうかと提案してきた。それに頷き、彼女は執事とドアマンを呼び寄せる。
男を出迎えた家令は主の部屋に入った瞬間に再び訝し気な顔をする。しかし、続いて入ってきた執事は小さく目を見開いて男を見、そして呟いた。
「…この時が来てしまったのですね」
「…おや、貴方は私のことをご存知でいらっしゃる」
「ここいらの屋敷街では有名ですよ」
“それ”はあたかも人であるかのような姿をし、主人に呼ばれてきたと訪れ、そしてその使命を果たすのだと。上から下まで黒で統一された衣装であることが第一条件である、と。
「緑の目をしているとは知りませんでしたが」
「意外と普通の人間と変わらない、とでも?私の仲間など、青い瞳ですよ」
くすくすと笑い、そして徐に主人に近づいた。夢うつつであろう主人の肩に手を置いて、小さく何か囁く。ここ数日目を覚まさなかった主人がゆったりと、目を開く。
「お爺様!」
「・・・おまえか・・・長いこと、すまなかったな」
主人は彼女に言葉を伝える。この屋敷、財産全てをお前に任せる。アレ達には任せられないから、と主人は言葉を続ける。
男は黙っている。二人の会話が終わるのをいつまでも待っている。執事とドアマンも、ことの成り行きを、口を閉ざしたまま、見守っている。
「…さて、もう言う事がないな・・・」
「もうよろしいのですか?」
「どうせなら女の死神に来てもらいたかったものだ」
「すみませんね、うちには女など数えるほどしかいない」
では、よき旅路を。小脇に抱えていた杖を振った。
屋敷を出た男は近くに止まっていた車に乗り込んだ。運転席にはこれまた同じように上から下まで黒で統一した男が煙草を燻らせながら納まっている。助手席に乗り込んだ男を見遣って、煙草を差し出した。
「しっかし、今日は随分とあっちぃなぁ」
「これじゃねぇとしまらねぇっつったのはどこの誰だい」
「俺です俺」
「んじゃあ諦めろい」
「はーい」
黒塗りの車は音もなく発車する。助手席からもれる煙だけがその存在を示していた。
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